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この記事の目次
諸葛亮という名軍師の存在
劉備に欠かせないのが名軍師「諸葛亮」です。彼は演義の中では天才的な軍師として描かれ、風の向きを変えてしまうほどの大活躍をします。
諸葛亮は「演義」のもう一人の主人公と言えるでしょう。諸葛亮は三国志の時代当時から知識人のグループで名の知られた存在でした。当時の知識人は自分を使いこなせる人材を探しているのが常でしたが、そんな諸葛亮が選んだのが当時流浪の軍団の主であった劉備でした。
もうすでに天子を擁している曹操や地方に国を構える孫権と劉備が対抗しうる存在と、諸葛亮はにらんだに違いありません。劉備と諸葛亮、二人の主人公が協力し合う事によって演義と言う小説に深みを与えることに成功しているのです。
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宿敵曹操
劉備の最大の敵と言えば曹操ですね。「黄巾の乱」ではともに戦った2人です。
その後は劉備が曹操の客将となったり、反旗を翻したりと、お互いけん制し合っていました。そんな中曹操は中原を制し、天下に一歩近づきます。しかし、劉備は曹操の下につくことはついにしませんでした。
正史の劉備評によると「劉備は権謀術数という点では曹操に劣り、領土も狭かった。しかし数々の困難にもめげず、ついに曹操の下風につかなかったのは曹操の器量が自分を受け入れるほど大きくはないと判断したためだ。」
この不屈の精神が演義の主人公に選ばれた理由なのでしょう。
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悲劇的な最期を遂げる劉備
主人公には悲劇がつきものです。劉備最大の悲劇は旗揚げ以来行動を共にした関羽が呉に討たれてしまったことです。
小説では呉の呂蒙などをことさら悪役に描くことにより、劉備の悲しさを際立たせています。
そして劉備は周囲の静止を押し切り呉に攻め込みます。このあたりの無鉄砲さ、そして兄弟愛も主人公として、魅力的ですね。しかし呉に攻め込む直前、もう一人の兄弟張飛も亡くしてしまいます。劉備は悲しみにくれながら呉への侵攻を開始します。
小説演義ではなんと75万もの大軍で攻め込んだことになっており、劉備の主人公としてのクライマックスとなっています。
しかし、呉の名将陸遜の前に大敗します。そして失意のうちに劉備は亡くなります。貧しさから身を起こし、多彩な家臣を得、ついに皇帝に。しかし最後は兄弟愛が強すぎ身を滅ぼす。この波乱万丈な人生はまさに小説です。
劉備は後事を諸葛亮に託します。演義の後半は諸葛亮が主人公となっていくのです。
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三国志ライターみうらの独り言
正史三国志では報われないことも多かった劉備ですが、小説演義ではこれでもかと活躍の機会を与えられていますね。その後「三国志演義」が流行したことを考えると、劉備を主人公にした判断は間違っていなかったのかもしれません。
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