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関羽と財神
関羽がそろばんの発明者というのは民間伝承で語られているだけで、書物などに記述があるわけではなく、いつ頃から広まった話なのかはわかりません。
ただ、関羽とそろばんが結び付けられるようになったのは、少なくとも関羽が財神として信仰されるようになった後でしょう。関羽が財神として祀られるようになったのは北宋時代からという説があり、政府が国営だった塩の売買を民間に委託したことで、
関羽の故郷である解州を拠点とする山西省の商人たちは特に大きな富を得たと言います。質の良い塩を大量に精製するには風や太陽光など自然条件が不可欠ですが、天候不良でうまく塩が精製できない時期があったそうです。
その際に関羽がこの地の悪神を退治し、塩が採れるようになったという伝承が流行りました。こうした伝承もあってか、あるいは地元の英雄だからか山西商人たちは関羽を財神として祀るようになっていきます。
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財神とそろばん
お金持ちの商人たちは交易先で羽振りの良い生活をするわけですが、現地の人たちも商人に習って関羽を信仰するようになり、結果的に国内のみならず海外にまで広まっていきました。
おそらくその過程で、商人のマストアイテムであるそろばんと関羽信仰がセットで考えられるようになったのではないでしょうか。
また、そろばんの発明者という以外にも関羽は現代の商用簿記の基礎を作ったという伝承もあります。いずれの伝承も商人の文化と非常に密接に関わっているので、商人たちが財神として祀ったことが伝承の発生に関連している可能性は高いでしょう。
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三国志ライターTKのひとりごと
関羽がそろばんの発明者となった経緯は、様々なパターンが考えられます。
例えば、財神として信仰を普及するために富の象徴であるそろばんを関羽に持たせたそろばんを売るために商人が伝承を作った関羽信仰とそろばんがセットになったことで民間の人たちが勘違いをしたなどです。
真相はわかりませんが、関羽は神格化されていく上で様々な後付設定が加えられていった人物でもあるので、そろばんもその一つだったと言えるでしょう。
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