なぜ関羽は祀られるようになったの?初期の関羽信仰から神様になった経緯




はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

関羽像を飾る現代人

 

三国志ファンの聖地の一つに数えられる関帝廟(かんていびょう)ですが、なぜ関羽が祀られているのかご存知でしょうか?

 

関帝廟 関羽

 

また、場所によって商売の神様(財神)や学問の神様と信仰する内容にも違いがありますよね。こうした背景には為政者の思惑や政治的背景、民間信仰など様々な要素が関係しています。

 

関羽の青銅像

 

今回はそれらを紐解きながら関羽(かんう)が祀られるようになった経緯を見ていきましょう。




関羽が祀られるようになった時期

父・関羽とともに亡くなる関平

 

関羽は襄陽(じょうよう)の戦いで敗れて孫権(そんけん)に処刑されました。

 

関羽の呪いで殺される呂蒙

 

三国志演義では関羽の死に関係した呂蒙(りょもう)が取り憑かれて殺されたり、

 

曹操の頭痛の原因は関羽?

 

曹操(そうそう)も間もなく死んでしまうなど悪霊となったイメージがあります。それもあってか死後数百年の間はそれほど人気がなかったようです。

 

劉備との楽しい思い出を振り返る孔明

 

六朝時代の道教(どうきょう)の神様を記した真霊位業図(しんれいいぎょうず)には劉備(りゅうび)諸葛亮(しょかつりょう)、さらには劉邦(りゅうほう)の名前があるのに関羽は入っていません。人気が出てきて、祀られるようになったのは唐代以降と言われています。

 

関連記事:最後に残された謎、呂蒙の死とその死因を考察

関連記事:呂蒙はどうして関羽を殺したの?最初から関羽を殺害する目的だったの?

関連記事:曹操の偏頭痛は歯ぎしりが原因だった?歯ぎしりが引き起こす英雄の悲劇

関連記事:頭がキーン…頭痛に悩んだ曹操、三国志演義は医学的に正しかった?曹操の見た幻覚の原因は何だったの?




関帝廟の前身となった「武成王廟」

 

唐の10代皇帝肅宗(しゅくそう)は760年に武成王廟(ぶせいおうびょう)(武廟)を建立しています。これは唐王朝以前に活躍した名将10名を祀る(武廟十哲(ぶびょうじってつ))場所なのですが、蜀漢(しょくかん)からは諸葛亮のみが選ばれ、関羽は選考から漏れています。

 

関帝廟と関羽

 

その後、12代皇帝徳宗(とくそう)の時代に追加で64名を選出(武廟六十四将)し、武廟十哲と合わせて祀ることになりました。ここでやっと関羽も加えられ、武神として信仰されることに。これが関羽信仰の始まりであり、のちに関帝廟(この時点では関羽廟?)が増えていくきっかけとされています。

 

関連記事:抜けた歯を嘆いた詩がリアリティありすぎて怖い・・・中国の唐時代を代表する韓愈の詩

関連記事:漢唐訓詁学なんてのがあるけど、漢と唐って似てた?それとも全然違った?

 

初期の関羽信仰

徽宗は北宋の第8代皇帝

 

唐代から北宋にかけての関羽信仰は関羽を軍神(武神)として祀っていました。北宋の8代皇帝徽宗(きそう)は関羽に王侯の爵位を与え、その後も何度か追贈(ついぞう)を続けています。

 

漢帝国の宿敵で匈奴の名君(匈奴族)

 

これには北方異民族から国を守護してほしいという願いがあったようです。南宋以降も引き続き追贈は行われたのですが、宋代はまだ明確に神として扱われてはいません。

 

南宋時代の「仏祖統紀(ぶっそとうき)」を始めとする書物では関羽が神将として登場しますが、いずれも僧侶によって召喚される脇役のような存在として描かれています。

 

関連記事:【北宋】徽宗皇帝ってどんな人?Mrノープラン国を滅ぼした第8代皇帝

関連記事:燕青ってどんな人?徽宗がモチーフとなった水滸伝の豪傑!?

 

一転して商売の神様になる関羽

横浜関帝廟

 

横浜関帝廟を始めとする多くの関帝廟では関羽を財神として祀っていますが、この信仰が生まれたのは宋代からという説があります。北宋政府は北方民族との戦争や外交政策などの軍事関連の費用で支出が膨大な金額となっていました。

 

セクシーすぎる塩商人だった関羽

 

それを補うために国が直接売買していた塩を、商人たちに卸して課税をする間接販売へと改定。その結果、税収は大きく増え、商人たちも莫大な富を築きました。大きな恩恵を受けた商人の中には、関羽の生国であり塩の産地としても有名な解州(かいしゅう)(解県)の塩を取り扱っていた山西の商人たちがいます。

 

そろばんを叩く関羽

 

商人たちは関羽を崇めるようになり、行商で訪れた地域の人たちも商人に習って関羽を信仰したことで財神や商売繁盛という信仰が生まれました。(商人が関羽を信仰した理由は諸説あります)

 

関連記事:関羽の多すぎる異名を中国の三大宗教、民間信仰毎にまとめました

関連記事:女真族は強かったの?条約の裏に隠された完顔阿骨打の頭脳プレイとは?

 

【次のページに続きます】




次のページへ >

1

2>

関連記事

  1. 朝まで三国志 劉備
  2. 糜竺(びじく)
  3. 関帝廟で関羽と一緒に祀られる周倉
  4. 暴れる関羽
  5. 王平は四龍将
  6. 喧嘩ばかりする張飛と関羽

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“古代オリンピック"

“近代オリンピック"

“いだてん"

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“光武帝

“三国志データベース"

“三国志人物事典

鍾会の乱

八王の乱

3冊同時発売




PAGE TOP