3668名に聞きました!三国志でガリガリな人物は?乱世において力強く生きたガリガリ人物




はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

三国志でガリガリな人物のアンケート

 

募集期間:2021年4月(1週間)

 

知的な戦術を使う徐栄

 

三国志では「体格がいい」「髭が長い」「紫玉の顔」などなど、色々な見目についての記録が残されています。基本的に逞しい体格であることは乱世において、立派なことという認識のようですね。

 

病気になった兵士

 

ではそんな世代でも、ガリガリな人物はどれくらいいたのでしょうか?

 

特集バナー 一億二千万人のさんごくし

 

そこで今回のアンケートは「三国志でガリガリな人物は?(イメージ)」!

コメントと一緒に見ていきましょう!

 




程昱

程昱(ていいく)

 

まずは魏が誇る軍師のお一人、程昱。彼自身へのコメントは見受けられませんでしたが、程昱自身の体格が分かる一説が残っています。

 

 

豪族に提案する若い頃の程昱(ていいく)

 

魏書によるとその身長は八尺三寸、約190㎝ほどとされているので、かなりの高身長だったようです。程昱は曹操にも重用された人物でしたが、早い時期に一線を引いています。

 

『知足不辱』

 

程昱の生き様を表したその一言は、有名ですね。

 

関連記事:曹操の覇道の立役者、程昱の凄い所

関連記事:程昱の逸話から分かる程昱の実像、実はお日様男子?

 

覇を競う乱世に新たな秩序を打ち立てた曹操の生涯
曹操孟徳

 




 

黄忠

五虎大将軍の黄忠

 

蜀の将軍の一人、黄忠。

 

三国志の武器 床弩 黄忠

 

老いて尚盛ん、とも称される人物です。こちらも程昱と同様、老年で有名になりましたが、その称された名前からか、三国志演義でも有名な関羽との一騎討ちの表現からか、黄忠に対するコメントは見受けられませんでした。

 

 

弓の名人・黄忠

 

黄忠もどちらかというと三国志演義で活躍か多く描写された人物ですが、正史においても定軍山の戦いなどでしっかりと活躍しており、決して過剰過ぎない評価を得ている人物です。

 

関連記事:老武将黄忠の活躍を見ていくと沸き上がる疑問点と考察

関連記事:老将黄忠の活躍に関羽も嫉妬?生涯現役を貫いた猛将を考察

 

【諸葛亮も口出しできなかった天才軍師・法正の闇】
法正

 

 

張松

張松

 

 

「張松はなんとなく出っ歯のイメージ」

「張松かな?ガリガリというより身長低いイメージだけど。5尺って当時の法則だと120cmぐらいらしいからな」

「ガリガリというと筋肉がついてないイメージ、小男の政治家の張松かな?」

引用元:はじめての三国志TV

 

曹操と張松

 

三国志演義では張松は出っ歯で小男、つまり風采の悪い男性として描かれています。この事から張松は曹操から使者であるにも関わらず軽んじられ、最終的に張松は曹操ではなく劉備を益州に招く決意をして……というシーンが繰り広げられます。

劉備と張松(ちょうしょう)

 

横山三国志でも張松は小男とまではいきませんが出っ歯の人物として描かれており、また皆さんから張松へのコメントを見ると、だいぶイメージ印象が付いている人物だと再確認できましたね。

 

関連記事:秦檜よりもスゴイ売国奴?張松と法正ここにあり

関連記事:張松(ちょうしょう)の裏切りがなければ劉備の蜀制圧は不可能だった?

 

はじ三ユーチューバー目指すってよ
はじめての三国志Youtubeチャンネル2

 

 

郭嘉

郭嘉

 

 

「郭嘉は、病弱な程に痩せ衰えているイメージ」

「女遊びが凄かったとも聞いていますが、やはり最期は病気でこの世を去った郭嘉は痩身のイメージですね」

引用元:はじめての三国志TV

 

郭嘉が亡くなり悲しむ曹操

 

郭嘉は曹操に大変寵愛されながらも、若くしてこの世を去った人物です。郭嘉の死を悼んだ曹操が『哀哉奉孝、痛哉奉孝、惜哉奉孝』と言ったのは有名ですね。

 

曹操と郭嘉

 

郭嘉自身も曹操に深い忠誠心を持ち、仕えていたのですが……最後は病気によりこの世を去りました。やはり病で世を去った人、として最終的な郭嘉は痩せてしまっているイメージは皆さん共通のようです。

 

関連記事:郭嘉が語った十勝十敗で曹操ご満悦!その巧みさに刮目せよ

関連記事:郭嘉が生きていれば赤壁の敗北は無かった?曹操に信頼された乱世の穎才とは?

 

【神算鬼謀なる知略で曹操の覇業を支えた郭嘉】
郭嘉特集

 

 

その他

空腹の三国志の兵士(兵糧)

 

さてその他で気になったのはこちら。

 

 

「この時代の兵士は痩せてそうです….」

「搾取され続けた農民たちこそガリガリ」

引用元:はじめての三国志TV

 

三国志 兵糧攻め 村人

 

黄巾賊が出てくる以前から、朝廷の威信は地に落ち、世は乱れていました。そうして起こったのが黄巾の乱ですが、黄巾の乱が治まったからといって全てが治まった訳ではありません。常に一番大変なのは、一番弱い立場の多くの人々。そう考えると、多くの、特に恵まれない立場の人々はこの時代、最も痩せていた可能性がありますね。

 

関連記事:于禁が兵糧を運んだのは罰ゲームだった? 陳蘭・梅成の乱が影響していた?

関連記事:なぜ蜀漢の北伐は兵站維持に失敗したのか?食料事情から原因を考察

 

【ぐっすり眠れる!ながら三国志】
ぐっすり眠れる!ながら三国志

 

 

三国志ライター センのつぶやき

三国志ライター セン

 

最後の最後になりましたが、コメント欄にて禰衡さんがこんな事を仰っていました。

 

 

「財布がガリガリと言う武将は死ぬほど居るがな」

引用元:はじめての三国志TV

 

確かに兵を率いる立場になったからといっても、それはそれで色々用立てる必要ができるということで、意外と懐が潤っていない武将も多かったかもしれませんね。とはいえ有名な曹洪殿なんかは、お財布の方はかなり豊かであったようですが!

 

センさんが三国志沼にドボン b

 

ともあれ今回もはじ三アンケート、皆様ご協力ありがとうございました。どぼん!

 

三国志でガリガリな人物のアンケート

 

引用元:はじめての三国志TV

 

関連記事:4310名に聞きました!赤兎馬が似合いそうな武将は?仁義なき狂犬に相応しい意外な人物も!

関連記事:4341名に聞きました!三国志で一番のデブは?(イメージ)大調査!

 

【三国志の気になるアレコレを集計!はじ三総研】
一億二千万人の三国志




 

  • コメント: 0

関連記事

  1. ヘソにろうそくを刺される董卓
  2. 諸葛亮(孔明)の養育を受ける若き諸葛攀
  3. 財宝を持ち歩いて移動してしまった曹嵩
  4. 禰衡と曹操
  5. 黄月英と仲がいい孔明
  6. 馬謖を信用していない劉備

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志倶楽部

“濡須口の戦い

“赤壁の戦い

“公孫瓚

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“光武帝

“三国志データベース"

“三国志人物事典

鍾会の乱

八王の乱

3冊同時発売




PAGE TOP