袁術サマの大将軍張勲には孫呉で活躍する道も存在?いや妄想か!でも待てよ

2022年9月20日


 

はじめての三国志_ページネーション

こちらは2ページ目になります。

袁術サマの大将軍張勲

1ページ目から読む場合は、上記の緑ボタンからお願いします。

 

 

忠義の張勲は生き延びて袁術サマと合流

袁術

 

さてさて主は帰ってしまいましたが、自分たちはそうはいきません。相対するはそうそうたる(※シャレではない)面子の曹操軍。張勲、橋ズイらは奮戦するも、相手が悪すぎた。

 

ここで橋ズイや李豊(りほう)らは曹操軍に討ち取られてしまいます。相手が相手なので、仕方のないことと言えるかもしれません。しかし張勲はここで死ぬことはなく、何とか生き延びて袁術の元に戻ることができたのです。

 

張勲とは?

自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.4

続きを見る

 

if三国志

 

 

袁術サマの死後、劉勲に捕らえられ消息不明に

 

多方面に破れに敗れた袁術軍。最早立て直すだけの力はなく、自領は壊滅状態。最終的に袁術は慟哭しながらこの世を去ります。そうして袁術が亡くなり、袁家が崩壊すると、流石に張勲も身の振り方を考えたのでしょう。

 

ここで張勲が行こうとしたのが、孫策の元です。しかし運が尽きたのか、張勲はその道中で劉勲(りゅうくん)に捕らえられ、その後の消息は不明となります。

 

袁術サマ死後笑いの神降臨、なんと墓碑銘が違う?

【これは悲しすぎる】今や忘れさられた袁術の墓

続きを見る

 

英雄の墓

 

 

実は孫策と交流があった張勲の将来

袁術と孫策

 

さて実は孫策がまだ袁術の庇護下にあった時のこと、まだ若い孫策を張勲はとても評価していたと言います。このため張勲は孫策と友誼(ゆうぎ)を結ぶことを望み、また結んでいたためにその縁を頼って袁術死後、孫策の元に身を寄せようとしました。

 

立場や経緯は違いますが、もしかしたら呂範(りょはん)のように、孫策の元で活躍する未来もあったのかもしれませんね。

 

どういう経緯で友誼を結んだかは定かではありませんが、そういう運命がもしかしたらあったかも……と考えると、張勲はもっと活躍の場があった武将なのかもしれません。

 

小覇王孫策とは?

呉の小覇王・孫策
孫策(そんさく)とはどんな人?たった26年の生涯を駆け抜けた小覇王

続きを見る

 

南蛮征伐特集

 

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

正史を追っていても、どうにも張勲の活躍はパッとしません。袁術が大将軍に任命したとまで言われているのに、呂布に敗れ、曹操に敗れ、最終的に生き延びるも劉勲に捕まってその後は不明。しかし孫策との友誼、と言われると、どうにか別の道もあったのかな、と思わせる武将でした。

 

イケメン孫策と袁術

 

こう言ってしまうと仕えた主が悪かったと言いたいのか……と思われてしまうかもしれませんが、だいぶ詰んでいますからね、この時期の袁術様……どうにか他のルートも見てみたかった、そう思った筆者でした。

 

センさんのとぷんver2

 

どぷり。

 

参考文献:後漢書袁術伝 三国志魏書袁術伝 呉書孫策伝

 

袁術サマは三国志序盤の主役級だった?/st-minihukidashi]
玉璽に興奮する袁術
三国志一の策謀家、袁術の伝説

続きを見る

 

はじめての三国志Youtube漫画

 

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
セン

セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

-袁術
-,