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孫堅死因の衝撃!親子の絆が引き起こした悲劇とは?

2023年12月10日


 

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亡くなる孫堅

 

 

さて今回は孫堅そんけんについて。それも孫堅そんけんの死因について、ちょっと見ていきたいと思います。

 

 

ほっぺたに矢を受ける孫策

 

 

息子の孫策そんさくもですが、孫堅そんけんもまた駆け抜けるように三国志では退場した人物。間違いなく孫家の血筋だぁ……と思わせる、そんな人物でもあります。今回は孫堅そんけんの死因に触れていくとともに、孫堅そんけんを語る上で外せない「玉璽」にも触れていくとしましょう。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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孫堅の中国語読みは?

北方謙三 ハードボイルドな孫堅

 

 

さてまずはちょっと皆さんにお聞きしたいのですが。そんけんって、どんな風に読んで……いいえ、呼んでますか?そう、孫堅そんけんはご存じ、孫策そんさく孫権そんけんの父親です。で、これが文字にすると一目瞭然なのですが、息子と被ってしまっているんですよね。なので話の流れによってはややこしくなってしまうかもしれません……というのはもちろん、日本特有のお悩み。

 

中国語読みすると孫堅そんけんは「スン・ジエン」となり、孫権そんけんとは読み方が違うのです。なるほど、これならややこしくありませんね!因みに筆者は主に孫堅そんけんは「堅パパ」、孫権そんけんは「呉王様」と呼ぶことが多いです(豆知識)皆さんはどんな風に呼んでますか?

 

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うーん、間違いなく親子ですね!

海賊時代の孫堅

 

 

そんな孫堅そんけんは若い頃から才気煥発でした。策略を持っての海賊退治に始まり、乱の鎮圧で自ら先頭に立って戦うようなタイプだったようです。武勇に優れていた孫堅そんけんはいくつもの軍功を立てます。が、その一方で敵も作っていたようで、董卓の度々の軍規違反に立腹した孫堅そんけんは、董卓を処刑するように張温に進言したという記録があります。

 

 

孫堅と董卓

 

 

 

この一件で董卓は孫堅そんけんを恨んでいたとか。……こういうちょっと敵を作りやすい所、大将なのに先頭に立つ所、何だかんだ息子さんに受け継いだのでしょうね。

 

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孫堅の最期は?

孫堅逝く

 

かなり急ぎ足となりますが、ここで孫堅そんけんの最期に触れましょう。191年、孫堅そんけんは命を落とします。病死ではなく、横死でした。この時、孫堅そんけんは劉表の配下であった黄祖と戦うのですが、戦が始まると孫堅そんけんは良く黄祖を打ち破り、襄陽にて黄祖たちを包囲します。しかしその後、付近の山に孫堅そんけんが一人でいた所を黄祖の部下が射殺します。37歳という早すぎる退場でした。

 

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英雄の死因

 

 

 

孫堅の死因は、息子である孫策の死因にも繋がるのでは?

孫策の人生に一辺の悔い無し

 

孫堅そんけんの死因は射殺、暗殺に近いものとも言えるでしょうか。ここで思い出して欲しいのが、孫堅そんけんの子である孫策そんさくの死因です。孫策そんさくもまた、陳登討伐に向かったが途上で狩りの最中、単騎でいた所を孫策そんさくに恨みを持っていた許貢の残党に襲われてのものです。

 

海賊時代の孫堅と孫策

 

 

思うのは、孫堅そんけん孫策そんさくも、志半ばで倒れたのは残念とは言え……ちょっと油断しすぎじゃないでしょうか?どうにも受け継がなくていい所が受け継がれている節がありますね……呉王様はそのようなことがないように万全の注意を払って欲しいものですな!

 

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そういえばどうなったの?玉璽の秘密!

玉璽

 

さて孫堅そんけんを語る上でちょっと話しておきたいのが、玉璽。伝国璽ですね。因みに玉璽と呼ばれるように、その材質は玉、翡翠です。しかし印によって材質は玉、金、銀、銅など、様々なものが使用されていたようです。これは伝の注釈によるものですが、呉書によると洛陽で拾ったとされています。

 

歴史書をつくる裴松之

 

 

その後は山陽公載記によると孫堅そんけんの妻から袁術が奪い取ったとされます。裴松之(はいしょうし)先生によると「孫堅そんけんみたいな忠義の士が玉璽をパクるわけねーだろ!!」とのことですが……実はその後、子の伝国璽は行方不明になってしまいます。真実がどうであったのかは、残念ながら不明です。

 

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もしかしてその玉璽、呪われているんじゃ……?

長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

 

 

さてここで三国志演義のお話を。三国志演義でも、孫堅そんけんは洛陽で玉璽を拾います。そしてこれを隠匿しようとするのですが、これについてとがめを受けた孫堅そんけんは「もしも私が玉璽を隠匿していたなら、命を全うすることなく戦禍によって死ぬ事になるだろう」と見事なフラグ誓いを立て、やはり横死を遂げます。

 

 

玉璽に興奮する袁術

 

その後、この玉璽は孫策そんさくから袁術(えんじゅつ)に献上され、これに調子に乗った袁術は……まあ、色々あって命を落とします。三国志演義なので読み物としての演出だとは思いますが、それでもこの玉璽……呪われてるんじゃ?と思ってしまいますね。

 

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孫堅の遺体と、一つの忠義

黄祖

 

 

では最後に、横死を迎えた孫堅そんけんの話に少しばかり続きを。孫堅そんけんと劉表配下、黄祖(こうそ)の戦いは、当初こそかなり孫堅そんけんが押していました。しかし前述したように、孫堅そんけんはよりにもよって一人でいた所を射殺されてしまいます。これにより孫堅そんけん軍は瓦解し、撤退することになってしまいました。

 

桓階

 

 

この時に動いたのが、桓階(かんかい)です。嘗て桓階は孫堅そんけんに推挙され、尚書郎(しょうしょろう)として努めていました。しかし孫堅そんけんと黄祖の戦いの際には、父親が亡くなったことで故郷に帰って喪に服していたのです。孫堅そんけんの死を聞くと桓階は嘗ての恩に奮い立ち、自らの危険も顧みず劉表に孫堅そんけんの遺体の引き取りを願い出ました。劉表はこの行為を義であると判断し、孫堅そんけんの遺体は無事に桓階から遺族に引き渡されたということです。そんな義のお話でした。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

さて義を見せた桓階ですが、その後は魏に仕えることになります。このためか……実は三国志演義では桓階、あまりいい印象を与える人物ではありません。その先はどうか皆さん、ご自身でご確認くださいませ。ともあれ孫堅そんけん、間違いなく死因までも孫策そんさくの父親だなぁ……と思わせる人物。

 

センさんが三国志沼にドボン a

 

孫策そんさく孫策そんさくで、孫堅そんけんの息子だぁ……と思うので、血筋って面白いですね。それではこれにて、どぼん。

 

参考:呉書孫破虜そんはりょ討逆伝 魏書桓階伝

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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