さてさて、本日の語りは梁山泊軍の最大、最凶の敵である石宝です。物語によってはこの人物とは出会わぬまま終わりを迎える水滸伝ですが、水滸伝の終わりと言えばこの方臘の乱、そしてこの最大の敵である石宝、全て……とは言いませんが、多くの梁山泊たちを終幕へと導いた人物。この石宝をより深く、知って頂くのが今回のお話。どうぞお付き合い下さいませ。
この記事の目次
- 方臘軍最強の四帥「南離将軍」石宝とは?
- 梁山泊軍の進撃を止めた、南国最大の壁
- 「好漢殺し」の異名を持つ、石宝のキャラクター像
- 大刀・関勝と互角の勝負!関勝が「最強の敵」と認めた理由
- どんな鎧も切り裂く名刀・劈風刀(へきふうとう)
- 予測不能な一撃!暗器・流星鎚(りゅうせいつい)の恐怖
- 急先鋒・索超:一瞬の隙を突かれた、あまりに早すぎる最期
- 火眼狻猊・鄧飛:仲間を救おうとした勇者が浴びた一刀
- 喪門神・鮑旭:勢いに乗った突撃を冷徹に裁いた石宝の罠
- 杭州の死闘:なぜ梁山泊軍は翻弄されたのか
- 錦毛虎・燕順と百勝将・韓滔を襲った、流星鎚の「死の連鎖」
- 石宝の「狡猾さ」と「武人の矜持」
- 単なる猛将ではない。地形と心理を突く「引き込み」の計
- 【主観】正義の味方ではないが、武士(もののふ)として完成されている魅力
- 関勝が「一分の隙もない」と評した真意を読み解く
- 戦績から見る、梁山泊上位陣とのパワーバランス
- 石宝の最期:ついに訪れた「死神」の終焉
- 追い詰められた烏竜嶺の決戦
- 捕虜の辱めを拒んだ、自害という壮絶な幕引き
- 【考察】なぜ石宝はこれほどまでにファンに印象深いのか
- 絶望の中に刻まれた「強者への敬意」
- 方臘軍の他の猛将たちとの比較
- 石宝が方臘軍の精神的支柱であった理由
- 三国志ライター センのひとりごと
方臘軍最強の四帥「南離将軍」石宝とは?
方臘配下の将帥。出身は福州で、役職は南離大将軍元帥。方臘の大太子であり南安王、方天定の統治する杭州を守備する四大将軍の一人です。……と、言っても水滸伝の中でいえばいきなり終盤も終盤で出てくる敵の一人。何だか強そうだが今まで戦いを見てきた梁山泊、武勇もさることながらその数もまた驚異。有終の美を飾る相手か……と思った読者を急転直下、真っ先に戦うとはとても思えないほどの強敵です。
梁山泊軍の進撃を止めた、南国最大の壁
先ほども言った通り、方臘の乱で石宝は真っ先に戦うと言っても過言ではない相手。四天王で真っ先に戦うとなると、フフフ……奴は四天王でも最弱……のようなイメージがあるかと思いますが、石宝はそんな簡単に相手のできる存在ではありません。強さだけでなく、その知略、統率力、更には生き様、気質までも隙が無い、最初にして最大の壁とも言うべき相手なのです。
「好漢殺し」の異名を持つ、石宝のキャラクター像
なんと石宝とその配下も合わせて、十三人の梁山泊の好漢らが討ち取られています。これ故に石宝のことを好漢殺しと呼ぶファンもいるとかいないとか……。その扱う武器も特徴的で、鋭い宝刀、劈風刀に、流れるように早く、そして恐ろしい一撃を敵に見舞う流星鎚の二つを巧みに使い、数々の梁山泊の好漢たちを追い詰めます。また己の強さを過信して突出することもなく、味方との連携も取れるという……どこから倒して良いか分からないような相手。一体梁山泊は、どのようにこんな相手と戦っていくのでしょうか?
大刀・関勝と互角の勝負!関勝が「最強の敵」と認めた理由
当初、宋江軍はあっという間に方臘の軍の将を倒したことで、杭州城まで追い込みます。しかし本軍は強く、中々しぶとい。そこで猛烈な勢いで攻めかかる宋江軍の前に現れたのが石宝です。梁山泊らの先鋒はここで関勝。これは間違いなく勝ったな!と思う所ですが、何と一騎討ちで石宝と関勝は中々決着がつきません。その日は両軍退却、互いに互いの強さをしっかりと見抜いた上で、大事を取っての引き分けとなりました。ここで関勝だけでなく、石宝まで血気にはやらず退くことができる。この冷静さ、そして粘り強さこそが、梁山泊らを何度も苦しめるのです。
どんな鎧も切り裂く名刀・劈風刀(へきふうとう)
ここで石宝の武器について少しお話ししましょう。まずは劈風刀。どんな厚い鎧であっても、まるで風が薙ぐかのように切り捨ててしまうと言う恐るべき切れ味の刀……とは言いますが、実は刀かどうかは少々怪しいもの。なぜなら判明しているのは名前だけで、どんな形をしているかまでははっきりしていないのです。このため、映像化されたり、媒体によって、様々な解釈の劈風刀が出てきます。筆者のイメージは大太刀なのですが、関勝と戦うこともあって青龍偃月刀のような武器というのもロマンを感じていいですね。
予測不能な一撃!暗器・流星鎚(りゅうせいつい)の恐怖
そしてもう一つの恐るべき武器が、流星鎚です。流星鎚とは長縄、もしくは鎖の先に金属製の重りを付け、それを投げて相手にぶつけて攻撃する武器です。形も重さも様々なものですが、ある程度の威力を出すには一定の重さが必要、また、その扱いには熟練の腕前が必要です。石宝はこの流星鎚を巧みに扱うことで、正に予測不可能な攻撃によって梁山泊らを苦しめたのです。
急先鋒・索超:一瞬の隙を突かれた、あまりに早すぎる最期
その流星鎚の一の被害者……と言ってはないですが、これによって討ち取られてしまったのが我らが急先鋒、索超。索超と石宝は一騎討ちを行いますが、この度は果敢に攻める索超に慄いたのか、石宝は途中で退却を行います。こうなると追っていくのが索超、しかしこれは石宝の罠でした。あ、と思う前に石宝の投げた流星鎚が索超の顔面を打ち砕き、これで索超は最期まで前のめりな退場をすることになりました。
火眼狻猊・鄧飛:仲間を救おうとした勇者が浴びた一刀
石宝の罠にかかり、流星鎚を顔面にそのまま受けてしまった索超。その索超を助けんと飛び出したのが、赤い目を爛々と燃やした火眼狻猊、鄧飛でした。思えば関勝、索超と互角に戦った石宝、更にはその打ち合いの最中で索超を罠に嵌める計略も考える知略。そんな相手であっても躊躇うことなく仲間を救出せんと飛び出す様は正に、勇士。しかしそれはあくまで梁山泊、読者から見てのこと。石宝はこの鄧飛の姿に怯むことなく刀を一閃、この一太刀によって鄧飛もまた、ここで退場となりました。
喪門神・鮑旭:勢いに乗った突撃を冷徹に裁いた石宝の罠
ここでとある夜の話を少し。李逵たちはある夜、酒盛りをしていました。その中で李逵は「今日、宋江兄貴に明日絶対に石宝の奴めを討ってやると約束したんだ!みんな、頑張ろうぜ!」と宣言、そこで鮑旭が「兄貴は、いつもいつも騎兵にばかり頼っている。この今、俺たちで誓い合おう。明日は石宝を討ち取って、歩兵たちの力を見せつけてやろうぜ!」と言い出しました。歩兵チーム、好い意味で悪ガキの集団っぽくて、このやり取りは思い入れがありますね。
誓い通り、奮戦した歩兵軍。杭州城で鮑旭は敵の将である廉明を討ち取りました。しかしその時、城壁上から丸太や石が投げられ始めます。慌てて宋江は軍を後退させるも、鮑旭だけはすでに敵城に飛び込んでいました。この勢いに乗るかと思いきや、そこに現れたのが石宝。鮑旭はここで戦死することになるのでした。歩兵軍は間違いなく勢いに乗っていたと思うのですが、そこでその勢いをしっかり挫いた石宝の勝利になったのです。
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杭州の死闘:なぜ梁山泊軍は翻弄されたのか
さてここまで宋江率いる梁山泊軍らも決して負けてはいません。時に気合を入れ、勢いを作り、果敢に攻め立てる。それでもそれを打ち破り、梁山泊の好漢らを一人、また一人と討ち取っていく石宝。時に刀、時に流星鎚、更に軍を率いて、伏兵で、弓矢で……そこにはある意味、梁山泊の終幕を感じさせます。果たしてここで石宝に討ち取られたのは、何だったのか。心残りはあれども、戦の中で強敵に敗れたのは好漢たちにとってどのような思いだったのか。水滸伝の終幕を思うと、この方臘の乱、そして石宝との戦いにも、何らかの意味があったのかと考えてしまいますね。ただ強敵に翻弄された、それだけでない作者の意図を感じます。
錦毛虎・燕順と百勝将・韓滔を襲った、流星鎚の「死の連鎖」
また、この戦いでは死が死を呼ぶような流れも特徴的です。例えば睦州城に迫る激戦中に敵将である白欽によって切られてしまう馬麟ですが、これを見て激高した燕順は白欽に打ち掛かります。そこを狙って石宝の流星鎚で打たれ、戦死。
またこちらは石宝相手ではないものの、逃げる敵を追って矢に当たって落馬し、敵将に喉を突かれて戦死した韓滔、これを助けようとして間に合わなかった秦明は、後に方傑との戦いで隙が生まれて戦死しています。前述したように、索超を助けようとしてやられた鄧飛のように、一瞬の隙、激高、そこから流れるようにやられていく梁山泊の姿は、やはり見ていてきついですね。
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石宝の「狡猾さ」と「武人の矜持」
ここまでいくつかの戦いを見てきたと思いますが、石宝、実に隙というものがない強敵です。また時として計略というべき手段でもって梁山泊を討ち取ります。武勇一辺倒ではない、時として狡猾にさえも映るその策略の一面こそが、石宝を強敵たらしめているのでしょう。しかし決して狡猾の文字だけでは終わらない武人としての魅力も石宝からは感じさせるのですが……それはまた後程。
単なる猛将ではない。地形と心理を突く「引き込み」の計
ここでは敢えて狡猾な一面にのみフォーカスしましょうか。敢えて負けを装って引き、引き込んだ敵を討ち取る。一見卑劣にも見えるかもしれませんが、戦場にて卑怯という言葉は敗北者の遠吠えに過ぎず、成功させたならばそれは策略です。負けを装うにも相手との力量不足では気付かれてしまいますからね、初戦で関勝相手には行わなかったのも正確にその強さを見切っていたのかもしれません。そして頭上から重い石や木を投げての攻撃、これはシンプルですが地形に重力まで組み込まれた巧みな戦術とも言えます。
【主観】正義の味方ではないが、武士(もののふ)として完成されている魅力
こんな風に紹介していると石宝一人に梁山泊が壊滅させられそうに見えますが、決して石宝ら方臘軍が圧勝していた訳ではありません。実は裏道を通って睦州から清渓県に攻め寄せられると方臘が危ない、そこで石宝は援軍を求めるも聞き入れられず、宋江たちが睦州に攻め寄せると今度は掌を返して石宝に救援を求めます。何を今更!と石宝はこれを拒否してしまうのですが、ここで同僚の鄧元覚は石宝の静止を振り切り救援に向かい、善戦するも梁山泊軍に打ち取られます。後にこの一件を石宝は自身の怒りにこだわって鄧元覚らを見捨てることになったこと、何よりも方臘軍の急所を敵に攻撃させてしまったこと、これらを悔いている節を感じさせ、決してただの一敵では終わらせない魅力を石宝からは感じさせますね。
関勝が「一分の隙もない」と評した真意を読み解く
さて、石宝と言えば関勝との戦いでの一騎討ち。関勝と互角にやりあい、そして関勝は石宝を一分の隙もないと評しています。これはもちろん石宝自身の腕がたつこともありますが、前述したように、例えば引き込みの罠を索超には使って関勝には使わないように、相手を観察する力が石宝にはあると見てよいでしょう。それほどの観察眼を戦場で発揮する、その「目」こそが石宝の力であり、その力を関勝は見抜いていたのでは。これは関勝もまた強さ一辺倒だけの人物ではないことからも、ある種の強者同士の通じ合いを見ることができます。
戦績から見る、梁山泊上位陣とのパワーバランス
さて石宝と梁山泊上位陣と比べますと……ここでこのクラスの敵を出してくるの、パワーバランスおかしくないか?とも思ってしまう相手。長い百二十回で、ここで急に強さのインフレが進んだ印象は残りますね。とは言え、梁山泊上位陣は歴戦の強者揃い、対して方臘軍は石宝以外にも強い武将は数多くいるとはいえ、それぞれの個は負けず劣らず、そして数の多さ、これらを加味すると、そして最終決戦の相手ともなれば決してやりすぎとは言えないのも水滸伝の面白い所です。関勝以外との打ち合いも見てみたかったですが、ここでの梁山泊は既に軍。そう考えると、既に個々の武勇が云々の話ではない……という作者の意図があったのでしょうか。
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石宝の最期:ついに訪れた「死神」の終焉
鄧元覚らが討ち取られてしまうと、流石に方臘軍の旗色は悪い方に傾いていきます。ここまでに至る所で梁山泊らの軍勢が討たれてきましたが、討たれたからこその奮戦。味方がやられているからこそ、最早後には引けない心意気。思いの強さならば決して劣らない梁山泊らの勢いに、石宝もまた、覚悟を決めたのでしょうか。石宝軍と宋江軍、二つの軍が真正面からぶつかります。
追い詰められた烏竜嶺の決戦
宋軍に攻撃をかける石宝、馬麟を一刀の元に斬り伏せ、打ちかかってきた燕順は得意の流星鎚で打ち倒す。勢いのままに攻め寄せる石宝、ここで動きを止めます。現れたのは仲間を討たれて憤怒の形相の関勝。あの豪傑が怒りのまま襲い掛かってくる……その気迫に押されたのか、石宝は嶺の上に退却しました。既に睦州は陥落。烏龍嶺は東西から攻められている。
捕虜の辱めを拒んだ、自害という壮絶な幕引き
嶺の頂上で、石宝は東西から攻め寄せてくる敵軍を見て、覚悟を決めました。もう退路はない。
ことここに至って、石宝は何を考えたのでしょうか。そのまま愛刀、劈風刀を自らの首に当て、石宝は自害します。それは梁山泊らに掴まり、縄目の辱めを恐れてのことでした。ここまで梁山泊らを追い詰めた敵はいなかった、そして同時に、そんな敵が捕縛の辱めのみを恐れて自害する。それは壮絶な幕引きだったのです。
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【考察】なぜ石宝はこれほどまでにファンに印象深いのか
ふー(溜め息)。……なんか驚くほど石宝について語ってしまいましたが、石宝、思い出せば思い出すほどに語るべきポイントが湧き上がってくる人物です。石宝は、話数だけで言えばそこまで好漢たちを長く苦しめた相手とは言えません。終盤に出てきた、恐るべき、強敵。しかし今までの敵を覆すかのような強い印象を残します。もちろんそこには「梁山泊が数多く戦死させられたから」という点もあるでしょうが、同時に、梁山泊が死力を尽くして戦った相手、その一点が、その強さが、石宝を印象深くしているのだと思います。
絶望の中に刻まれた「強者への敬意」
個人的に、ここで自刃を許してしまうのも、石宝への作者へのこだわりではないかなと思います。石宝は良く戦い、梁山泊らへの幕引きをも担当しています。その中で、捕縛されるのではなく、さりとて戦死でもなく。敗北を悟り、自害を許した。それは作者の敬意のようなものではないでしょうか。そんなどこか、こだわりが見えるような気がするのですよね。
……石宝に自害を許すなら、高俅周りはもっとどうにかならなかったのか、とも考えてしまうのですが、ネ。
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方臘軍の他の猛将たちとの比較
さて、気分を変えて他の方臘軍と石宝を少し比べてみましょうか。まず鄧元覚、五十斤の重量を持つ禅杖を得物とする荒法師、石宝と肩を並べる万夫不当の豪傑です。石宝の反対を押し切り睦州の救援に向かい、秦明の偽りの敗走に誘い出され、花栄の放った矢を顔面に受けて落馬した所を討ち取られてしまいました。この辺りは石宝が倒してきた梁山泊と重なる場面があるのが面白い所。また石宝の静止を振り切り救援に行く所から、情に流される部分、もしくは石宝の私心の怒りを見抜いての行動と考えると、大局を優先させたとも思える性格です。
厲天閏は戦いの最中、正面から董平に立ち向かうのは分が悪いと見て火砲を撃って董平に手傷を負わせて退けるなど、搦手を得意とし、この点は真っ向勝負にこだわらない所は石宝と共通しますね。ただし厲天潤は搦手だけではなく、退却の最中で盧俊義と一騎討ちを繰り広げ、三十合あまり渡り合う点から、こちらも歴戦の猛将といった風格も感じさせます。決して石宝一人のみが強かった訳ではない、それが方臘軍の強さということでしょう。
石宝が方臘軍の精神的支柱であった理由
じゃあ何で方臘軍が敗北したんだと言いますと。正直、方臘そのものの能力不足です。(はっきり)
石宝を始めとした有能な配下を数多く抱える方臘ですが、援軍を断ったり、よりにもよって(名は変えていたとはいえ)柴進を信用して娘婿に迎え入れるなど、欠点が多く目につきます。またこれらが敗北の直接的、遠隔的な原因と考えると、どうしても総大将の能力不足が目立ってしまうのですよね。
そう考えると、石宝がその武勇に頼りすぎて直接戦わなかったのも、自身が失われれば方臘軍が瓦解することを理解していたのでしょうか?石宝自身の強さ、戦略眼が方臘軍の精神的な支柱であったと考えると、これまで、と悟った石宝の最期も理解できるような気がします。なんにせよ、ある意味で梁山泊に終幕を齎した、石宝のお話でしたとさ。
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三国志ライター センのひとりごと
見返せば見返すほど、梁山泊ら死んで行っちゃーう!となる石宝戦、というか方臘戦。ラストバトルと考えればこの壮絶な戦いも理解はできるのですけどね。そうなるとやはり、作者は終幕に華を添える意味で、石宝、及び方臘軍を考えたのでしょうか。荒事に生きた者たちが、戦時の中で息絶えていく。それは果たして幸せな終わりなのか、無念の途中退場なのか。どこまでもそればかりを考えてしまいますね。
それでは今日も湖の畔で。ちゃぽーん。
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