自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.6

2015年6月10日


 

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袁術の最後

 

三国志の群雄の中では秒速で後漢王朝を見限り、自ら皇帝に即位して、今度は、秒速で滅んでいった、風雲児、袁術(えんじゅつ)。そんな、ハチャメチャな袁術にも殆ど知名度はないながら部下達が存在しています。

 

袁術

 

はじさんでは、そのような無名な袁術の部下達にも、ささやかながら、光を当て列伝を残していこうと思います。

 

前回記事:自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.5

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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袁術に嫉妬されたイイ人、舒邵(じょしょう)

剣を持って戦う徐庶

 

舒邵は、名前からして微妙です、劉備軍の最初の軍師である徐庶(じょしょ)に似ています、しかし、もちろん関係はありません。

 

舒邵(じょしょう)

 

舒邵は、義に厚い人で兄の親友の為に、人を殺しました。しかし、兄弟でお互いを自分が犯人だと言い張りその美しい兄弟愛から天下に名前が轟いたと言います。その頃楊州を支配していた袁術は、舒邵の名声を聞いて、阜陵(ふりょう)県長に任命しました。その後、舒邵は袁術の引き立てで沛国の相に任命されています。相というのは、皇帝や皇族の直轄地だかの県令のような地位なので袁術が皇帝になってから、その地位に移ったと思われます。

 

皇帝に就任してから袁術の下衆ぶりが....

 

ところが、皇帝に就任してからの袁術の贅沢三昧は度外れたもので人民は飢えて、次々と餓死していきました。

 

餓えた農民(水滸伝)

 

それを見るに忍びなかった舒邵は、袁術が戦争の兵糧米として備蓄していた、10万斗もの米を無断で人民に分け与えてしまいます。もちろん、袁術は激怒して舒邵を捕えて、どうして勝手な事をするのか?と厳しく尋問しました。

 

「死は覚悟しています、しかし、私一人が死んで人民が救われるならそれで構わない」

舒邵は、袁術を前に堂々と言い放ちました。

 

袁術は激怒、その理由とは?

 

当然、その解答に対して袁術は激怒します。でも、この袁術の怒るポイントは、なんだか人と違いズレています。

 

「なんで、お前一人で天下の名声を独り占めするんだよぉ!!(泣)」

 

袁術

 

え?何、自分の命令を無視した事に怒ってるんじゃないの袁術・・この文面から見ると、袁術は、俺だって、これ位思いついたのに~という舒邵への嫉妬心がにじみ出ています。

 

袁術は嫉妬深い

袁紹VS袁術(犬猿)

 

思い出しました、そういえば袁術は、従兄弟の袁紹の方が名声が高く、自分と交遊がない人士も袁紹とは付き合いがある事に激しい嫉妬心を燃やしていた時期があったのです。そう、袁術が怒った理由は、自分を差し置いて、舒邵が目だってしまったその事に対してだったのです。

 

美化された袁紹に羨む袁術

 

いえーい!屈折してるぜ、袁術(笑)まるで、ケン○ロウに嫉妬していたジ○ギ様だぜ袁術!!その後、舒邵は歴史書から姿を消します、結局、袁術に処分されたのかどうかさえも分かりません。ちなみに舒邵は後漢書「袁術伝」では舒仲応という名前で出ています。

 

次回記事:自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.7

 

袁術祭り

 

 

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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