衛瓘(えいかん)とはどんな人?司馬昭の重臣であり、晋の建国時に大いに活躍【晋の謀臣列伝】




衛瓘(えいかん)

 

衛瓘(えいかん)はある事件を未然に防いだ功績から

司馬昭(しばしょう)から信頼されます。

その後司馬氏が建国した晋の国で位人臣を極め、晋の重臣となります。

今回は晋の建国時に活躍した司馬氏の謀臣衛瓘を紹介していきたいと思います。

 

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鍾会の反乱を未然に防ぎ、司馬昭から信頼を得る

鐘会と姜維

 

衛瓘は若い時から魏に仕えておりましたが、あまり実績を上げる事が出来ず、

不遇の時代をかこっていました。

そんな中、会議で蜀を討伐する事が決定されます。

衛瓘は鍾会軍の軍監として従軍するよう司馬昭から命令を受けます。

彼は命令に従い鍾会(しょうかい)の蜀討伐軍と共に出陣します。

鍾会の軍勢は剣閣で蜀軍の激しく抵抗します。

そのため鍾会は鄧艾からの進言もあり剣閣で軍勢を二つに分ける事にします。

 

 

蜀を陥落

蜀を陥落され降伏する劉禅

 

鄧艾(とうがい)率いる別動隊は蜀の防御拠点を次々に陥落させ、

ついに蜀の皇帝・劉禅(りゅうぜん)を降伏させます。

鍾会は蜀を討伐した後、密かに司馬昭から独立しようと試みておりました。

鍾会は鄧艾を捕えるため軍監である衛瓘に鄧艾捕縛を命じます。

衛瓘は鄧艾と息子の鄧忠を捕え、魏の首都である洛陽に送ります。

その後鍾会が蜀の姜維(きょうい)と共に反乱を起こしますが、

衛瓘は魏の将軍たちと協力し、反乱軍を鎮圧。

鍾会を捕縛し殺害します。

こうして反乱が拡大する前に、鎮圧する事に成功したことで、

司馬昭から大いに褒められ信頼を得て彼の人生は大きく変化していきます。

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの  

魏の名将・社預の予言

 

呉の討伐を行い、三国時代を終焉へ導き晋の天下統一を推進させた功労者・社預(とよ)。

彼は衛瓘が権力を握っていく中である予見をします。

ある日社預は晋の臣下達に「伯玉(衛瓘の字)は必ず殺されるであろう。

彼は高い地位と人望を持っているが、いい評判が全くと言っていいほど聞こえてこない。

また自らの部下を制御する事をしない。これは彼が器量の小さい人物であることを表している。

こんな奴が今後どうやって自らの責務をいくというのだ。」と衛瓘に厳しい評価をつけます。

この社預の予言は見事に的中するのです。

 

宴会で司馬炎に諫言

司馬炎 はじめての三国志

 

衛瓘は司馬炎(しばえん)が晋の皇帝になると、

ますます信頼されて群臣の最高位である三公の一つ司空の位を与えられます。

衛瓘は位人臣を極め順風満帆な人生を送っていたある日、司馬炎が彼らを招き宴会を開きます。

彼はこの宴会で司馬炎が座っている玉座に近づき、

「この座が惜しいですな」と漏らします。

衛瓘は評判の悪い司馬炎の息子司馬衷を次世代の皇帝にしない方がいいという意味を込めて

先ほどの言葉を彼に漏らします。

彼はこの言葉を聞き、息子に尚書の仕事を任せ、本当にダメな人間なのかテストします。

司馬衷の奥さんである賈南風は、バカな夫が尚書の仕事をやれば、

仕事ができないことが露見し、次の皇帝になれないと思い、

司馬衷の仕事を代理人に任せることにします。

この時あまりに早く仕事を終わらせると司馬炎に疑われると思い、

合格ラインギリギリのスピードで仕事をこなすよう代理人に命じます。

司馬衷の代理人が仕事を行った事により何とかテストを乗り切り、

次世代の皇帝の地位を守り切ることに成功。

賈南風は衛瓘の諫言を忘れず彼を恨み続ける事になります。

 

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賈南風の謀略により処刑される

 

衛瓘は司馬炎の死後、ダメ息子である司馬衷が皇帝の位を継いだため、

彼に仕え、天下の政治を切り盛りしていきます。

司馬衷の奥さんである賈南風は、皇后になります。

彼女は司馬炎に司馬衷を皇帝にしない方がいいと

讒言した衛瓘への恨みを晴らすチャンスを伺っておりました。

彼女は司馬炎の五男である司馬瑋が衛瓘達から嫌がらせを受けていることを知ります。

そこで司馬瑋と協力し、衛瓘への恨みを晴らすため、彼に謀反の罪をでっち上げ、逮捕。

皇帝司馬衷は、衛瓘が謀反を起こす事実があったのかを調べもせず、

賈南風の言うことを鵜呑みにし、彼を処刑します。

衛瓘は社預の予見通り、老いて死ぬのではなく、

死を賜ることになってしまったのです。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

晋の時代を代表する政治家・衛瓘をご紹介しました。

鍾会の反乱を防いだことで司馬昭から信頼を得た後、異民族の弱体化にも彼は貢献しております。

晋の国を盤石な体制にした人物でしたが、悲惨な最後迎えてしまうのです。

晋は彼の死後、司馬家の皇族達が各地で反乱を起こし、

また異民族が中国の内部に侵入したため、中国全土は再び戦乱の世に逆戻りしてしまいます。

歴史にもしもがあるとすれば、衛瓘がもう少し生きており、

司馬衷が暗愚でなければ晋王朝はもう少し長生きしたかもしれないですね。

今回のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃまたにゃ~♪

 

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