袁術祭り

はじめての三国志

menu

はじめての変

赤壁の敗戦の原因は腸チフスだった?多くの魏将の生命を奪った伝染病とは?

この記事の所要時間: 355




郭嘉

 

はじさん臨終図巻の郭嘉(かくか)の回でも触れましたが、

三国志の時代、北方に比較して南方は伝染病の多い地域として恐れられていました。

特に荊州は伝染病が多かったようで、曹操(そうそう)の赤壁の敗戦の原因とも

言われています、では、その伝染病とは一体、何だったのでしょうか?

 

関連記事:郭嘉(かくか)の死因は結核だった?【はじさん臨終図巻】

関連記事:郭嘉が断言した曹操が袁紹に勝つ10の理由

関連記事:郭嘉(かくか)ってどんな人?|曹操が最も愛した人物



後漢の建安年間、五度も発生した伝染病

疫病

 

西暦196年から220年までを中国では建安年間と言いますが、

その間、中国では記録に残る限り、五回も伝染病が猛威を奮った事が記録されています。

最初の流行が建安4年である西暦196年、以後、矢継ぎ早に199年、

208年、217年、219年と伝染病が続いています。



伝染病は北方ではなく南方に多かった

疫病02b

 

さて、この伝染病ですが華北ではなく、華南地方に多かったようです。

196年~206年の長期にわたり断続的に続いた流行は長沙地方で起り

伝染病に感染して死亡した人間が3分の2に上り、またその中の70%は

「傷寒」により亡くなったと長沙太守、張機(ちょうき)の記録にあります。

 

また、西暦208年、曹操が呉を併合しようとした時にも伝染病が大流行。

官吏士卒の大半が戦死してしまい、曹操は伝染病を恐れ船を焼き払い

退却してしまっています。

 

建安の七子の過半数を殺した217年の伝染病

 

さて、建安年間に中国を席巻した伝染病は、西暦217年、

遂に当時の魏の首都、鄴(ぎょう)に到達します。

この時の大流行は、曹操が張遼(ちょうりょう)や司馬朗(しばろう)、

夏候惇(かこうとん)、臧覇(ぞうは)などを伴い呉を討伐した

濡須口(じゅすこう)の戦いが契機と考えられ、帰国した兵士を通して

感染が拡大し、建安の七子と名高い名文家、王粲(おうさん)、

陳琳(ちんりん)、徐幹(じょかん)、応瑒(おうとう)が病死しました。

 

関連記事:三国志や古代中国史を科学的視点から丸裸にする良記事まとめ7選

関連記事:【本当は怖い家庭ノ医学】首が180度回る?司馬懿の特徴に隠された怖い病気とは

関連記事:頭がキーン…頭痛に悩んだ曹操、三国志演義は医学的に正しかった?曹操の見た幻覚の原因は何だったの?

関連記事:現代医学からみた劉備玄徳の死因…驚愕の真実が発覚!!

 

建安年間に流行した伝染病の正体とは?

サルモネラ属 wiki

 

建安年間だけで5回も流行して、多くの人命を奪った、

この伝染病の正体は一体なんだったのでしょう。

謎を解く言葉の一つは、長沙太守、張機の傷寒という言葉に表れています。

この傷寒という言葉は「寒さによって(身を)傷(やぶ)る」という意味です。

具体的には、腸チフスなどの伝染病がこれに当たるとされています。

 

腸チフスの症状とは?

腸チフス wiki

 

腸チフスは最初、風邪によく似た症状が発生します、まずは発熱して、

悪寒がとまらなくなり、高熱でガタガタ震えます。

この寒がるという様子が傷寒の語源だと思われます。

 

症状が進むと関節痛、腹痛、食欲不振、咽頭炎、空咳、そして鼻血という

症状が現れ、さらに症状が進むと、40度近い高熱を出し、

血便、下痢、便秘を起し腹部から胸にピンク色の

バラの花びらのような発疹が出現します。

 

最終的には、腸出血からの腸穿孔、肺炎、意識障害や難聴、

肝機能障害を引き起こし重症なら死に至ります。

 

【次のページに続きます】



ページ:

1

2

関連記事

  1. 【軍師連盟】諸葛孔明の北伐は司馬仲達がいなければ成功していたの?…
  2. 秦の身分制はどうなっていたの?夏子、真って何?
  3. 【これはひどい】孫皓が天下統一できると勘違いした占いとは?
  4. 武神と恐れられていた関羽は結婚していたの?
  5. 【はじめてのスキッパーキ】どうして?スキッパーキのしっぽ(断尾)…
  6. 劉巴(りゅうは)とはどんな人?天下に名声を轟かせた名士であるが、…
  7. 李靖(りせい)とはどんな人?曹操と孔明の二人から学んだ初唐の名将…
  8. 趙雲の妻、孫夫人がお茶目すぎる!ほんのいたずらが夫を殺す羽目に!…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 43話:孫策、後事を孫権に託して病没する
  2. 呂布、関羽の愛馬・赤兎馬が気になってたまらない
  3. 【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!
  4. 【三国志女性列伝】実は貂蝉は呂布の正妻だった!?
  5. 武神と恐れられていた関羽は結婚していたの?
  6. 【岳飛が熱い】「尽忠報国」と背中に彫った救国の英雄・岳飛(がくひ)Part.3【完】

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

子産(しさん)とはどんな人?超弱国を強国にした春秋時代の名宰相 【シミルボン】1800年前の三国志時代はご馳走が現代居酒屋風だった 何皇后はなぜ宦官の味方をしたのか? 三国志の時代にも裁判はあったの?実はかなりリーガルハイな感じだった 【これだけ読めば大体わかる】山崎賢人主演!キングダム実写化の内容を大胆予想! 諸葛誕(しょかつたん)ってどんな人?魏の「狗」も名声を得ていた魏の諸葛一族 53話:体制を立てなおした劉備に曹操が襲いかかる 魏の初代皇帝・曹丕はいったいどんな仕事をしていたの?

おすすめ記事

  1. 韓当(かんとう)ってどんな人?程普と共に呉を支え続けた呉の勇将
  2. 藺相如(りんしょうじょ)とはどんな人?三大天の一人!趙の名宰相であり廉頗のかけがえのない親友(1/3)
  3. 夏侯惇の死後、一族はどうなったの?忙しかった夏侯惇はイクメンではなかった?
  4. 【袁術のちょっとイイ話】袁術(えんじゅつ)と蜜柑のお話
  5. 【3分でわかる】魏・蜀・呉はどうやって兵力を手に入れていたの?
  6. キングダムでお馴染みの秦の函谷関ってホントに難攻不落だった?函谷関に隠された秘密
  7. 三国志にも麻薬常用者はいた?魏の何晏は中毒患者?
  8. 三国志や古代中国史を科学的視点から丸裸にする良記事まとめ7選

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP