広告募集
項羽vs呂布

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【陳祇】蜀滅亡の原因は黄皓だけのせいではなかった?

この記事の所要時間: 342




劉備

 

劉備は蜀を建国しますが志半ばで病にかかり、後の事を孔明に任せて亡くなります。

その後孔明が劉備の息子で蜀の二代目皇帝に就任した劉禅(りゅうぜん)を支えて、

 

魏との戦いを繰り広げていきますが、孔明も蜀の政治・軍事全てを

執り行わなければならい激務により亡くなってしまいます。

 

そして孔明の後を継いだ蒋琬(しょうえん)費禕(ひい)らの活躍によって

蜀の国は安定していくことになりますが、

費禕の死後蜀は一気に転落していくことになり、

滅亡への道を突っ走っていくことになります。

蜀の滅亡する原因を作ったのは宦官である黄皓(こうこう)が蜀の政治を牛耳った事が原因で、

蜀が滅亡することになるのですが、

黄皓一人が原因で蜀は滅亡したのではないと知っていましたか。

 

今回は蜀の滅亡を原因を作った費禕の後継者である陳祇(ちんし)を

ご紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら



両親がいない

 

陳祇は非常に可哀想な幼少期を送っており、

彼が幼い時に彼を残して一家は全員なくなってしまいます。

そのため彼は蜀の太傅(たいふ)であった許靖(きょせい)に育てられていきます。

そして青年期を迎える博識でもって知られるようになり、選郎曹(せんろうそう)という官職に就任。

こうして若き日の陳祇は蜀に仕えることになります。




費禕に認められる

鮑信

 

蜀の三代目トップである費禕は彼の博識多彩の能力を発見すると大いに期待を寄せます。

そして蜀の宮中におけるトップであった董允(とういん)が亡くなると宮中へ入り、

優秀である陳祇を皇帝である劉禅に仕えさせることに決めます。

董允は宦官の中でも黄皓が、

口が上手くて上司にへつらうことにかけては一番の人物であると見ており、

劉禅に近づけさせれば良くないことが起きる危険分子であると考えておりました。

そのため彼は黄皓が劉禅の近くにいけないように官位も非常に低い宦官のままにしておりました。

しかし陳祇が宮中へ入ったことで董允が一生懸命抑えていた黄皓が、

皇帝である劉禅に近づくことになってしまうのです。

 

関連記事:【能力高すぎワロタ】仕事のできる蜀の三代目トップ費禕(ひい)エピソードも紹介!

関連記事:費禕(ひい)ってどんな人?諸葛亮亡き後の蜀を支えた四相の1人

 

劉禅のお気に入りと知ると・・・

劉禅

 

陳祇は劉禅の側近くに仕えることになると彼が気に入っている宦官が黄皓であることを知ります。

この事を知ると陳祇は黄皓を呼んで「私と協力してくれませんか」と要請。

黄皓は「私は宦官ですが、政治に関与してもいいのでしょうか。」と尋ねると

陳祇は「大丈夫ですよ。私に任せてください。」と自信満々に答えます。

その後蜀の法の番人であった呂乂(りょがい)が亡くなると陳祇が呂乂の跡を継いで、

尚書令(しょうしょれい)に就任することになり、将軍の位も与えられます。

彼はこうして蜀の政権の中枢に位置する地位を手に入れることに成功します。

 

蜀の政権の実権を握る

 

こうして宦官と手を結びながら官位は蜀の大将軍となっている姜維の2番手に付けることになった

彼ですが、蜀の政権を実質的に握っているのは彼でした。

その理由は姜維が連年北伐を実行していることが原因です。

姜維は費禕の跡を継いで蜀のトップに君臨することになると、すぐに兵を率いて北伐を開始。

蜀軍はこうして連年の北伐を行っているので姜維は蜀の首都である成都で、

政治を見ている時間などなく、政治の実権を握り判断を下していたのは蜀の二番手である陳祇でした。

しかし彼は宦官である黄皓に政治を多く任せており、

許可の必要なものだけを彼が判断しておりましたが、

彼は黄皓が上げてくる政治の内容ほとんど反対せず、

任せっきりでしたので黄皓が表舞台の政治の場で力をまして行く原因を作っていきます。

そして陳祇が亡くなると今まで蜀の政治を切り盛りしていた実績から、

ほとんどの政治案件を彼がさばいていくことになります。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

なんでもできるスーパー宰相である費禕が唯一犯した最大のミスが陳祇を認めて、

宮中へ入れたことではないのでしょうか。

費禕の人物鑑定眼をもってしても陳祇があまり役に立たない人物であることが分からない程、

彼は虚飾に満ちた人物であったのでしょう。

もし陳祇が費禕が期待していた通りの人物であったならば、

蜀の滅亡はもう少し遅かったかもしれません。

「今回の三国志のお話はこれでおしまいにゃ

次回もまたはじさんでおあいしましょう。

それじゃあ~またにゃ~」

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志の疑問】どうして宦官は消滅しなかったの?

関連記事:【宦官の逆襲】後漢が滅んだのは本当に宦官のせい?悪いのは俺達だけじゃない!!

関連記事:儒教が引き金?外戚と宦官の対立はなぜ起こったのか

 




よく読まれている記事

曹操01

 

よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

この記事を書いた人:黒田廉(くろだれん)

 

黒田廉

■自己紹介:

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

■歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

■何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 三国志時代も男同士はチューしてたの?当時の恋愛事情を紹介
  2. 荀攸(じゅんゆう)ってどんな人?同族の荀彧の影に隠れた才能
  3. 病気の呂蒙を穴から見守る孫権
  4. 曹操、生涯最大の苦戦 白狼山の戦い|烏桓討伐編
  5. 三国志時代の楽しい農村!当時の農業とはどんなのがあったの?
  6. 【ビジネス三国志】曹操、黄蓋、孫権から学ぶ性格を見抜かれない上司…
  7. 伏皇后問題が荀彧の死の原因か!我が子房・荀彧の死因に迫る!
  8. 【曹操の妨害工作】呂布と袁術の同盟を曹操は恐れていた!

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【武器】三国志時代やキングダム時代に活躍した鉤鑲や馬甲
  2. 【驚愕の事実】三国志ではなく五国志だった!士燮(ししょう)勢力の台頭
  3. 営業マン必見!諸葛亮孔明から学ぶ営業術。これがビジネス三国志だ!
  4. 遅れてきた呉の英雄・孫権の才能とは?
  5. 刑顒(けいぎょう)とはどんな人?三国志時代の曹植家に仕えていた執事
  6. 黒田官兵衛は本当に息子の活躍を苦々しく思っていたの?

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

はじさんが劉備を丸裸に!素顔は?身長は?劉備を徹底追及! 諸葛恪(しょかつ かく)ってどんな人?|頭が良すぎて諸葛一族を滅ぼす 【キングダム】王賁の子孫はついに○○になっちゃったってホント!? 【リアルチート】光武帝・劉秀(りゅうしゅう)ってどんな人?優れた政策と逸話 Part.3 恩賜の御衣ってなに?三国志や源氏物語にも出てくるエピソードを紹介 秦の『人材』を分析!どうして秦が中華統一することができたのか? 関羽はどうして神格化されてメジャーになったの?三国志で唯一、神になった武将 司馬懿を追い落として魏の政権を握った者達はどんな国家を目指していたの?

おすすめ記事

  1. 65話:絶望する劉備に孔明が授けた天下三分の計
  2. 諸葛亮の出師の表って、一体何が書いてあるの?
  3. 曹操の名言から知る三国志の世界「徒に先の易きを見て、 いまだ当今の難を見ず」
  4. 【第四回 放置少女】伏龍参戦の新イベントと公孫瓚に挑んでくるぜ!!
  5. 王翦はどういう性格だったの?キングダムに学ぶつかみづらい男の処世術
  6. 曹操が遺言で見せた女性への愛情
  7. 日中対決!後漢をぶっ壊した董卓と貴族政治を破壊した源義仲
  8. 曹操が大好きだった忠義の人物を勝手にランキング化してみるよ

はじさん企画

帝政ローマ
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
はじめての三国志TV
PAGE TOP