【蜀の建国~滅亡まで】蜀の国を背負って戦い続けた丞相【孔明編】

国力増強に励む


祁山、街亭04 孔明

 

孔明は南方の反乱軍を討伐し、成都へ帰還を果たします。

その後、魏の討伐を行うため将軍達にしっかりと兵士を鍛えさせていき、

内政面では王連(おうれん)が残した塩と鉄の専売制や

蜀錦(しょくきん)と呼ばれる特産品などを諸国に売りさばき、国力増強に努めていきます。

こうして少しずつ国力増強に努めた末、

南方の反乱鎮圧から三年後、ついに魏を討つべく北伐を決行します。


出師の表を書いて決意を示す

孔明 出師

 

孔明は北伐を行う前年、自らの決意を示す「出師の表」と

言われる上奏文(じょうそうぶん=皇帝に事情などを出す意見書)を劉禅に出します。

この意見書の内容は、孔明がいかに劉備から恩を受けていた事や劉禅に対して

色々なことに注意すべしと諭す内容となっております。

また蜀の政権が保っているのは、郭攸之(かくゆうし)・費褘(ひい)・董允(とういん)

・向寵(しょうちょう)などの優秀な人材達のおかげであることから、

大事にするべしなどが書かれている内容となっております。

この「出師の表」は三国志一の名文とされており、「この出師の表を呼んで泣かない者は、

不忠の者である」と言われるくらい皇帝に尽くす孔明の姿が描かれております。


魏延の進言

魏延

 

孔明は軍勢を率いて、漢中に到着すると軍議を開きます。

孔明は軍議を開始すると、一人の男が立ち上がり発言します。

この男の名は魏延。

彼は南荊州の長沙(ちょうさ)を陥落させた時に、

黄忠(こうちゅう)と共に劉備軍に加わることになった武将です。

その後益州攻略戦や定軍山の戦い、漢中攻防戦などで功績をあげてきた、

たたき上げの将軍です。

その魏延が孔明に対して「私が五千の兵士を率いて、

長安を攻撃すれば長安の守将である夏侯楙(かこうぼう)はビビッて逃げ出すことでしょう。

そして丞相率いる蜀軍本隊が進軍して来れば、長安を手に入れることができ、

長安より西側の地域も手に入れることが可能でしょう。」と進言します。

しかし孔明は魏延の策を採用することはしませんでした。

魏延の策は中々いいところをついている作戦だと思いますが、孔明はなぜ魏延の策を

採用しなかったのでしょうか。


魏延の策を採用しなかった理由

魏延 孔明

 

孔明が彼の策を採用しなかった原因は、蜀軍の兵数の少なさが問題でありました。

もし魏軍のように大軍を動員できる国力があれば、

魏延の策を採用して長安へ攻撃する作戦も可能であったかもしれません。

しかし蜀軍は三国一国力が少なく、冒険的な作戦を実行できるほどの余裕は、

ありませんでした。

そのため魏延の作戦を採用しないで、堅実な作戦を実行していきます。


孔明の作戦

基礎 孔明の後継者姜維03 魏延

 

孔明は魏延の作戦を採用せず、自らが考えた作戦を皆に伝えます。

その作戦とは、わざと魏軍に長安近辺にある郿城(びじょう)へ

進軍すると偽の情報を流すことから始まります。

この情報に真実味を帯びさせるため、蜀の重鎮である趙雲と鄧芝(とうし)に軍勢を率いて

長安に一番近い道である褒谷道(ほうやどう)へ進軍。

そして孔明率いる蜀軍本隊は魏軍が趙雲軍の方へ向かっている間に、

祁山(きざん)を奪い、雍州の魏の領土を攻撃して領土とし、

涼州と長安を分断させることを目的とした作戦です。

孔明はこの作戦を皆に伝えると早速、軍勢を二手に分けて出陣します。

 

馬謖の軍略に期待を寄せる

馬謖 孔明

 

孔明は祁山へ到着すると、雍州の各城へ蜀に寝返るように調略を開始します。

調略が実を結ぶまで時間がかかるため、

雍州進出の要となる街亭へ蜀軍の中から誰かを派遣して、

駐屯させようと考えます。

この時、一人の若者が名乗りを挙げます。

名乗りを上げた人物の名は馬謖(ばしょく)です。

孔明は彼を実の息子のように可愛がって、色々と学ばせてきました。

孔明は馬謖の成長が著しいことを身近で感じてきたこともあり、

彼を雍州攻略の要である街亭へ派遣することにします。

この時孔明は馬謖に「街亭は雍州攻略の要となる地である。

そのためこの地をしっかりと守ることが第一であるが、

街亭の山上で陣取ってはならない。しっかりと山上ではなく平地に陣取って、

私が来るまで守り通してくれ」と注意を促した後に出陣させます。

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