三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

はじめての変

どうすれば関羽を死なせずにすんだのか?三国志ライターろひもと理穂が提案

曹操は関羽をGET
この記事の所要時間: 259




曹操は関羽をGET

 

関羽(かんう)を死なせない策は非常に単純明快です。

劉備が荊州を孫権に返却すればいいだけです。

関羽の参謀に誰をつけるべきかという問題以前に、

劉備が曹操討伐・漢室復興だけを考えた戦略を選択すればいい話ではないでしょうか。

劉備は欲をかいて、益州という本拠地を得ながら借りていた

荊州を孫権に返却しないから余計な火種を作ってしまい、

義弟の関羽と荊州のふたつを同時に失うことになるのです。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




関羽が大人しく荊州を孫権に返却しただろうか

関羽 激怒

 

そこでひとつの疑問が生まれてきます。

あのプライドの塊、頑固一徹、武門の頂点にいる関羽が主君の命令とはいえ、

命がけで得た領地をおめおめと孫権に渡すのか、という問題です。

まず無理でしょう。

仮に諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)が使者として荊州を訪れても、

関羽は絶対に折れなかったに違いありません。

つまり荊州を守る総大将に関羽を任じた時点で結果は見えていたことになります。




関羽以外に荊州を守ることはできたのか

魏延と孫権

 

では、関羽以外の誰に荊州を守らせることができたでしょうか。

この場合、まず名前があがるのは黄忠(こうちゅう)魏延(ぎえん)です。

もともとこの荊州の地に住んでいたわけですから土地勘も人脈もあります。

武勇においても問題はありません。しかしあまりに新参者すぎて信用がありませんでした。

ふたりが武功をあげて、劉備に認められるのは益州攻めに成功してからです。

かといって趙雲に政治面で期待するのは難しいですし、張飛が治めたらそれこそ反乱が起きかねません。

やはりここは関羽しかいないのです。

益州占領が本当に可能かどうかわからない状態で、

本拠地たる荊州の守備は何にもまして大切な役目でした。

その役目が担えるのは劉備の旗下では関羽だけだったのではないでしょうか。

 

関連記事:関羽は本当に忠義の士だったの?三国志のタブーに挑む!

関連記事:来敏(らいびん)とはどんな人?孔明が魏延よりも苦手だった学者

 

上庸に張飛や趙雲を送る

五虎大将軍 趙雲

 

関羽が江陵から北の曹操領である樊城を攻めたとき、

それに呼応して漢中から出撃した孟達と劉封が西の上庸を落とします。

このとき敵の降将の伸耽と伸儀を劉備はそのまま用いてそれぞれ太守に任じていたために、

孟達と劉封は関羽からの援軍の要請に応えられなくなるのです。

伸兄弟が裏切り、上庸が曹操に落ちれば隣接する漢中にいる劉備の命が危なくなるからでした。

結局、関羽は敗れ、伸兄弟が曹丕に内通したために孟達は漢中への退路を断たれて魏に降ります。

 

五虎大将軍 張飛

 

この重要拠点に張飛(ちょうひ)趙雲(ちょううん)がいたら話はどうなったのでしょうか。

猛然と襄陽の脇を抜けて樊城の関羽のもとに馳せ参じたかもしれません。

ただし、孟達がこの地に送られたのには理由があります。

荊州の襄陽からこの上庸までは漢水を遡るか、険しい山岳地帯を踏破するしかないのです。

孟達の兵は山岳の戦闘に慣れており、

長江沿いの秭帰から上庸までの山岳地帯をわずか十日で踏破した実績がありました。

つまり劉備の配下のなかで最も山岳戦闘に慣れていたのが孟達だったわけです。

その孟達をしても援軍派遣を諦めたわけですから、

張飛や趙雲がいても何もできなかったかもしれません。

 

関連記事:これは不公平!趙雲が五虎将軍でドンケツの理由とは?格差の現実を徹底分析!

関連記事:趙雲は何で桃園義兄弟ではないのか?

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

ろひもと理穂

 

人材も兵力も不足している劉備軍において、結局のところこの布陣が限界だったわけです。

稀代の軍師である諸葛亮孔明が助言しての配置ですからこれ以上の最善の策はなかったのでしょう。

それでは関羽を助ける道はなかったのでしょうか。

唯一だけ打開策があるとしたら、劉備自ら荊州に出向き、

荊州の返却を関羽に伝えることだったのではないでしょうか。

関羽が討ち死にし、そのかたき討ちに劉備自らが大軍を率いて出兵したことを考えるとそのほうがよっぽど楽な話です。

問題は劉備にせよ、関羽にせよ、領地を明け渡すという武人として

恥ずべき行為をここでもまだできたのかということだけだったと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:何で曹操はあれだけ関羽を愛していたのに配下から逃がしたの?

関連記事:どうして呉は同盟国の蜀・関羽を裏切ったの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. photo credit: Getting closer via photopin (license) 【九州三国志】『三國志』は中国だけじゃない!日本の三国志事情 P…
  2. photo credit: Tulips/The Language of Flowers (15/52) via photopin (license) 儒教(儒家)ってどんな思想?|知るともっとキングダムも理解できる…
  3. photo credit: obscured by clouds via photopin (license) 【はじめての孫子】第7回:凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ…
  4. 脇息 wiki びっくり!三国時代の文化は日本に近かった?
  5. 項羽 はじめての三国志002 項羽はあれだけ最強だったのに何故、天下を取れなかったのか?
  6. 李儒と三国志 董卓は何で李儒や賈詡がいたのに賈詡を重用しなかったの?
  7. 鮮卑 三国志に出てくる鮮卑族ってどんな民族?
  8. 沖縄 関羽 時空を超える関羽、琉球の民話に登場

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 趙高 キングダム
  2. そろばん関羽
  3. 孔融
  4. 公孫攅と劉備
  5. 昌平君2
  6. photo credit: quiet via photopin (license)
  7. 鉄 s
  8. 袁紹と何進
  9. 卞夫人 曹操
  10. 苦肉の策(笑)

おすすめ記事

  1. 王翦(おうせん)とはどんな人?キングダムでは謎多き将軍だが史実では秦の天下統一に貢献した人物 王翦
  2. はじさんが曹操を丸裸に!素顔は?身長は?曹操を徹底追及! 曹操頭痛
  3. 日本人にとっての『三国志』の原点……吉川英治『三国志』 吉川英治様表紙リスペクト
  4. LINE 三国志ブレイブとはどんなアプリゲーム? LINE 三国志ブレイブ
  5. 鄧艾(とうがい)ってどんな人?苦労人のド根性人生に迫る 鄧艾
  6. 三国志の時代にもいた遊侠(ゆうきょう)とはどんな人達のこと? 甘寧 裏切る ゆるキャラ

三國志雑学

  1. 曹操と魏軍と呉軍
  2. 水魚の交わり
  3. 甘寧と凌統
  4. 曹操
  5. 孔明 コペルニクス

ピックアップ記事

  1. 韓信vs孔明13 孔明
  2. 大坂城 p
  3. 周瑜
  4. 法正
  5. 曹操 バカ殿
  6. 王郎
  7. 軍師
  8. 荀彧 はじめての三国志

おすすめ記事

張翼 皇甫嵩(こうほすう)とはどんな人?後漢最後の名将と言われた将軍 kataru 陳寿が語る孫権像 黄忠VS夏侯淵 104話:黄忠vs夏侯淵|定軍山の戦い 大喬 小喬 三国志当時のファッションとは! 三国時代のファッションはどんなのだったの? 陸遜 陸遜の死後、一族はどうなったの?呉の滅亡後、晋の散騎常侍に仕えた一族達 媧燐 【キングダム】昌平君と媧燐は生き別れの姉弟?そこから導かれる悲しい最後 photo credit: Monday colors for my friends via photopin (license) 霍峻(かくしゅん)とはどんな人?劉備の益州乗っ取りの明暗を分けた名将 photo credit: ... via photopin (license) 「魏」ってどんな国?キングダム戦国七雄を徹底紹介

おすすめ記事

  1. 何皇后はなぜ宦官の味方をしたのか? 何皇后(毒蛇) 何進
  2. ええっ!曹操と劉備は元々は仲が良かったって本当? 曹操と劉備
  3. 項羽(こうう)ってどんな人?史上最強の孤独な戦術家 Part.1 項羽
  4. 趙雲は何で桃園義兄弟ではないのか? 趙雲 子龍
  5. 【袁術特集】孫家に吸収された袁術の子孫たちはどうなったの? 袁礼 孫権
  6. 三国志の時代にも裁判はあったの?実はかなりリーガルハイな感じだった 韓信
  7. 暴走しているオヤジを追放して当主に就任した武田晴信(たけだはるのぶ) 真田丸 武田信玄
  8. 勝負下着の参考に!三国時代の下着ってどんなのだったの? 特鼻褌

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP