北伐
袁術祭り




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

驚愕!実は名築城家でもあった魏延の意外な才能!

この記事の所要時間: 311




魏延 孔明

 

諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)と仲が悪かったが為に、

三国志演義では傲岸不遜な悪役とされる魏延(ぎえん)

しかし、実際の魏延は、傲岸不遜ではありましたが、天才型の名将であり、

劉備(りゅうび)のような大将がいれば如何なく才能を発揮できた英雄でした。

 

魏延、姜維、王平、楊儀

 

彼の不幸は、劉備のような大将と年が離れすぎていた事でしょう。

さて、そんな魏延ですが、隠された才能がありました、それが築城技術です。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら




魏延は、漢中を守備していた頃、地形を利用した要塞を築いていた

司馬懿と魏延

 

魏延は、劉備の入蜀に従い手柄を立てて、漢中の守備を命じられました。

その頃、漢中は度々、戦場になっていましたが、漢中自体は平地であり、

入りこまれると守るのが難しい地形でした。

 

漢中盆地

 

漢中の前面には地図の通り、険しい秦嶺山脈が聳えていますが、

雨が削り取った自然の道が険しいながら繋がっており、

時間はかかりますが、漢中に入るのは不可能ではありませんでした。

そこで、魏延は、この秦嶺山脈に目をつけ、ダミーの間道を掘削したり、

道の途中に壁を築いたり、細い道へ誘導したりして、

まるで迷路のような天然の要塞を造り出していたのです。




興勢の役で実証された魏延の防衛ライン

楊儀と魏延

 

名築城家だった魏延ですが、自らが築いた漢中要塞の威力を知る事はありませんでした。

五丈原で孔明が没した後、蜀の主導権争いに敗れ馬岱(ばたい)に斬られたからです。

 

しかし、魏延の非業の死から10年後の西暦244年、魏の曹爽(そうそう)が、

落ちてきた国内の求心力を取り戻そうとして蜀征伐の軍を出してきます。

これが世に言う興勢(こうせい)の役ですが、6万の曹爽軍に対して、

蜀の漢中の備えは3万しかありませんでした。

 

蜀では大慌てになり、前線の漢中城を放棄して、関城と楽城を固守すべしと

いう意見が大勢を占めますが、これに王平(おうへい)が猛反対しました。

 

「一時的にでも漢中城を敵に明け渡してしまい、

万一、涪(ふ)城からの援軍が間に合わないなら、関城も楽城も落ちてしまいます。

そうなれば漢中は平地で容易に突破されてしまいます、

この戦略には絶対に賛成できません」

 

王平には、劉敏(りゅうびん)も漢中の穀物の刈り入れが終わっておらず、

そのまま陥落させては魏軍を勢いづかせるとして同調しました。

 

関連記事:魏を裏切った王平と夏候覇は何で蜀で出世できたの?【三国志に学ぶ人生設計】

関連記事:孔明の愛弟子であった姜維はなぜ孔明の後継者に選ばれなかったの?

 

王平は、魏延の防衛ラインを活用し曹爽を撃破した

王平 四龍将

 

そこで、王平が出してきたのが、魏延の造り出した防衛ラインの利用でした。

王平は、魏軍の進軍経路である駱谷(こくや)道の麓の興勢(こうせい)山へ

劉敏と杜祺(とき)を派遣、陣地を固く守り援軍を待つ作戦を取ります。

 

王平は劉敏に命じ、劣勢の蜀軍を大軍だと魏軍に錯覚させるために

百里余りにわたって多数の軍旗を立てさせて魏軍を惑わせます。

さらに、もし魏の別動隊が黄金谷を通ってきた場合に備えて、

王平自身が兵を分けて迎撃できるように臨機応変に備えました。

 

それを受けて、車騎将軍鄧芝(とうし)と鎮南大将軍馬忠(ばちゅう)も、

漢中城の東、南門外の要地それぞれ出撃し魏軍を迎え撃ちます。

これは、魏延のプラン通り、地形を利用して、兵を神出鬼没にして、

各地で撃破していく方法でした。

 

王平の目論見は的中、魏軍は、魏延が造り出した秦嶺山脈の迷路に

進路を阻まれまったく進む事が出来なくなり、こうしている間に、

涪城と成都から援軍が到着し、魏軍は退却、王平は攻勢に転じて

数万の魏兵を斬り多数の物資を手に入れたのです。

 

関連記事:え?劉備は意外にも経済に明るい人物だった?孔明の北伐が継続できたのは劉備のおかげ!?

関連記事:【素朴な疑問】蜀漢って国内はどうなっていたの?蜀軍の配置から北伐や蜀の情勢が見えてくる!

 

魏延の防衛ライン、姜維に破壊される

蔣琬と姜維と王平

 

こうして、魏延の生みだした防衛ラインは蜀の危機を救います。

しかし、そんな防衛ラインも解体の憂き目を見る事になるのです。

それは西暦258年、大将軍になっていた姜維(きょうい)によってでした。

度々の大敗で兵を失っていた姜維は漢中の防衛ラインに配置されていた

蜀兵を北伐軍に吸収してしまいました。

 

そして、秦嶺山脈に張り巡らした魏延の防衛ラインを放棄して、

防衛は敵が来てから、兵を漢中手前の関城・楽城に集めて

行えばいいとしました。

 

関連記事:孔明とは違うのだよ!天才姜維の斜め上北伐とは?両者の徹底比較

関連記事:何で孔明や姜維の北伐は街亭や祁山にこだわったの?

 

劉禅姜維の援軍要請を占いで黙殺、楽城・関城あっさり陥落

劉禅

 

西暦262年、魏の鐘会(しょうかい)を総大将とする魏軍18万が蜀へ侵攻します。

姜維はすぐに援軍を成都に要請しますが、劉禅(りゅうぜん)は、

占い大好きな宦官、黄皓(こうこく)

「魏軍は攻めてこないと占い師は言っております!」というのを

真に受けて、援軍を送りませんでした。

 

そして、いよいよ、その占いがクズだったという事を知った時には

すでに魏軍は、楽城、関城を陥落させていたのです。

まあ、一番悪いのは、いい年こいて夢見る夢子ちゃんだった劉禅ですが

魏延の防衛ラインを放棄した結果、姜維は魏軍を漢中に入れてしまう痛恨事を招きます。

こうして、魏延の遺産を失った蜀は滅亡の道を進むのです。

 

関連記事:羅憲(らけん)とはどんな人?蜀のラストサムライ!奇跡の逆転勝利で蜀の意地を見せる

関連記事:孔明無言の帰還と魏延の最後

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

そもそも、鄧乂(とうがい)の剣閣スルーからの綿竹関攻撃も、

漢中に入れなければ不可能なわけで、魏延の防衛ラインを

破壊してしまったのは、蜀にとっては痛恨事でした。

 

魏軍は大軍とはいえ、剣閣では阻まれているわけですから、

魏延の防衛ラインが生きていれば、鐘会を長期間漢中の手前で足止めさせ、

食糧不足の不安から、一度退却するという事になったかも知れません。

 

まあ、退却した所で、また来る事は間違いないので、

蜀に突破口が出来るわけではありませんが・・

 

関連記事:なんと○○を食べていた!三国志の驚異の食生活

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

 

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 【三国志版艦コレ】孫権が保有していた巨大戦艦長安を解説
  2. 102話:成長した張飛、計略で張郃を撃ち破る
  3. 【シミルボン】自分を褒めまくり、曹丕の自叙伝が意識高い系でウザい…
  4. 赤壁の敗戦の原因は腸チフスだった?多くの魏将の生命を奪った伝染病…
  5. 三国志の時代の鎧は防弾チョッキ感覚だった?周、殷、キングダムまで…
  6. 天璋院篤姫とはどんな女性?西郷どんの憧れの女性?
  7. 馬岱(ばたい)ってどんな人?実は記録がほとんどない馬超のイトコ
  8. 【キングダム】秦の六大将軍は史実でも存在するの?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 呉をもっと知りたい貴方へ!これで呉の性格が分かる!呉のトリセツ紹介
  2. 【三国ブレイズ 攻略3】LRの武将が二人加入!メンバー選択に大苦戦
  3. 三国ベースボール攻略2 エースに邪馬台国女王・卑弥呼が加入!
  4. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十四話「徳政令の行方」の見どころ紹介
  5. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第38話「井伊を共に去りぬ」の見どころ紹介
  6. 策士・参謀・軍師の役割の違いって何?

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【人生相談・お悩み募集】あなたの悩みをズバッと解決 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース38記事【3/6〜3/12】 三国志の時代にダムがあった!蜀が豊かであったのはダムのおかげ 【孫呉決定版】周瑜・陸遜それとも呂蒙!?正史三国志・呉書で一番軍略に優れていた人物とは? 秦国の六虎将軍・李信の妻となるのは誰かを大胆予想!羌瘣?それとも河了貂か? 【週刊文春も驚き】後漢時代のメディア事情はどうなっていた?後漢時代の立て札・扁(へん) 実子劉禅(りゅうぜん)と養子劉封(りゅうほう)の明暗 知っていたら自慢できる!正史三国志に足りない部分とは?

おすすめ記事

  1. 【ビジネス三国志】みんな真似で天下を取った!群雄に学ぶ生き残り戦術
  2. 月刊はじめての三国志2017年9月号 (桃園出版 三国舎)の販売を開始しました
  3. 張既(ちょうき)とはどんな人?反乱の多かった雍州・涼州の二州を見事に統治した名政治家
  4. 93話:名将 張任、遂に堕ちる
  5. 【架空戦記】帝政ローマ軍と三国志軍が戦ったらどっちが勝つの?軍隊の編成や武器なども徹底解説
  6. 【岳飛が熱い】「尽忠報国」と背中に彫った救国の英雄・岳飛(がくひ)Part.2
  7. 江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の身長は何センチあったの?
  8. 梁鵠(りょうこく)とはどんな人?魏の宮殿を飾った全ての題字を書いた文化人

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“西遊記"
PAGE TOP