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125話:何で孔明や姜維の北伐は街亭や祁山にこだわったの?

この記事の所要時間: 325




オマケ

 

三国志の北伐の物語を読んでいると、孔明(こうめい)にしろ、

姜維(きょうい)にしろ、祁山や街亭というポイントに、

やたらに、こだわっているように見えます。

しかし、いずれの地点も、別に肥沃な土地でもないし大都市でもありません。

では、どうして、彼等はこだわったのでしょうか?

そこには、平地に慣れている日本人には想像できない、

漢中(かんちゅう)から長安に抜ける土地の険しさがあったのです。

 

前回記事:124話:曹休、憤死!!石亭の戦いと孫権の即位




山脈の間に道があるという益州周辺の状況

祁山、街亭01

 

現在の中国の地図を開いてみますと、大陸の東側と西側で、

かなり、道路の密度が違うという事に気が付きます。

東側は平地で開けていて、道路も緊密に走っていますが、

目線を西、長安から西に向けてみると状況は一変します。

 

そこには、山脈の淵をなぞるような形で大きな道路が、

延びているだけで、東側のような網の目の道路網とは

比較にならない寂しい単線の道路があるだけです。

 

普通なら画像をアップすればするだけ、

細かい道路が放射状に延びるというのが普通ですが、

そういう事もないのです。




想像を絶する険しさだった蜀の桟道

祁山、街亭02

 

 

かつて、秦の帝都だった咸陽(かんよう)より西は、

秦嶺山脈という2000m級の山脈がそびえる土地で、

山岳民族の住む所でした。

 

ただ、秦嶺山脈を突き抜けた先に肥沃な巴蜀の盆地があり、

そこを開く為に、秦は険しい断崖を削り、杭を打ち込み、

その上に板を渡す形で蜀の桟道という細い通路を造ったのです。

 

劉邦

 

その苛酷さは、想像を絶し、項羽(こうう)によって漢中王に任じられた、

劉邦(りゅうほう)が、この巴蜀の桟道を通りましたが、

100名から2~3人は転落死するという険しさでした。

 

それでも、その桟道を通るのが一番安全な蜀への道だったのです。

この一点だけでも、この辺りで戦闘が起きる事の困難を物語ります。

 

祁山にしろ、街亭にしろ、そこしか通れなかった。

孔明

 

現在でも、山脈を削った何本かの道路しかない秦嶺山脈から蜀へ至る道です。

1800年前は、それ以上にルートの選択肢が無かったでしょう。

例えば祁山は、天水のような北方異民族と連携する為に不可欠な地点なので

取られないように魏は要塞化してしまいました。

 

本来なら通過したくないのですが、必ず通らないといけないので、

一々、戦争の度に、孔明も姜維も祁山を落すしかなかったのです。

 

逆に、こういうポイントを例えば、夜陰に乗じて通過するように
飛ばしてしまうと挟み撃ちに遭うリスクが高まってしまいますし、

挟まれても逃げ道もありません。

非常に窮屈で地味な戦いが北伐という闘いだったのだと思います。

 

孔明の目的からも祁山は絶対に必要だった

祁山、街亭04 孔明

 

また、孔明の北伐には、涼州を分断して魏から切り離し

蜀の陣営に引き込むという戦略が常にありました。

涼州は人口42万人、10万戸と大した人口ではありませんが、

戸籍には表れない、騎馬に熟達した羌族のような異民族兵が多く

実際に馬超が、それらをまとめて曹操を追い詰めた

潼関(どうかん)の戦いのようなケースもあります。

 

馬超の父の馬騰(ばとう)も、李傕(りかく)と恩賞で揉めて、

騎兵を率いて、長安を攻めた事もありますから、

涼州の騎兵を手にするのは、一州を手にする以上の価値があると

孔明は考えたのだろうと推測します。

 

まあ、いずれにしても、涼州を魏から奪い取るには、街亭、

そして祁山を手中に収めて、堅く守り、魏の奪還軍をはねかえす

必要があったのです。

 

関連記事:孔明の北伐はノープランだった!?北伐の意図は何だったの?

関連記事:孔明の北伐の目標はどこだったの?

関連記事:孔明とは違うのだよ!天才姜維の斜め上北伐とは?両者の徹底比較

 

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

では、北伐は守る側と攻める側のどっちが有利だったのでしょうか?

ちょっと考えると、守る魏が有利にみえますが、そうでもありません。

少なくとも、蜀から秦嶺山脈を抜けるルートは5つあり、

そのどこから、蜀軍が出てくるのか、魏はギリギリまで分からず、

薄く、浅く守らないといけなくなったからです。

 

実際に孔明も、初期は関山(かんざん)道という迂回道を使いますが、

最期の北伐では、険しい褒斜(ほうしゃ)道を行くなど魏の裏をかいています。

 

ここにはギリギリの神経戦があり、相手がどうでるかを
絶えず調べないといけないという大変な戦いがあった事でしょう。

 

次回記事:126話:孔明第二次北伐の開始、陳倉攻略戦

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この記事を書いた人:kawauso

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■自己紹介:

どうも、kawausoでーす、好きな食べ物はサーモンです。
歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。

もちろん、食べるのはサーモンです。

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