法正特集
姜維特集




はじめての三国志

menu

はじめての変

許褚はどんな顔をしていたの?三国志のそもそも論

許チョ(許褚)




kawauso

 

三国志の事で、私達がどんなに努力しても分からない事、

それは英雄達がどんな顔をしていたのか?です。

こればっかりは、写真などない大昔ですから、窺い知る事は出来ません。

精々、史実にある、背が高い堂々とした体格、精悍な顔、デカイ耳?というような

ぼんやりとした断片情報を得る事が出来るのみです。

そうなると、取りあえず、豪傑は怖い顔に、軍師は端正な顔で微かに頬笑みを

湛えているという描写になっていく事になります。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!




曹操を生涯守った豪傑、許褚はどんな顔をしていたのか?

許チョ

 

曹操(そうそう)を守った、二人のボディーガード、典韋(てんい)と

許褚(きょちょ)ですが、二人の容貌はかなり異なっていました。

魏志の典韋伝によると、典韋の容貌は以下のごとくです。

 

形貌魁梧 旅力過人 有志節任侠

 

つまり、典韋は凶悪な顔がまえをしていて

筋力も一般人を超越し仁義を重んじたとあります。

 

西暦197年、曹操が宛の張繍(ちょうしゅう)を降した時、

典韋は武器を持って曹操の側に立ち曹操が酒を注いだ相手を一々睨むので、

張繍軍の武将は余りの恐ろしさに誰も典韋をまともに見なかったとあります。

典韋は敵でさえ顔を見ない程に凶悪な顔をしていたようです。

 

そんな悪人顔の典韋の戦死後、ボディーガードを引き継いだ許褚ですから、

さぞかし、また凶悪な人相だったかと思いきや、そうでもないようなのです。




史実に残る許褚の姿とは?

許チョ

 

魏志の許褚伝によると、許褚の容貌はこのようなものです。

 

長八尺餘 腰大十圍 容貌雄毅 勇力絶人

 

身長は184センチ、腰まわりが太く、立派な顔立ちで勇気に抜きんでる。

典韋に劣らない賛辞ですが、立派な顔がまえと太いお腹周りに、

一種のお相撲さん体型を思わせる描写です。

確かに背が高く、巨大ですが、見た目はぬいぐるみのようで、

典韋のように、周囲を威圧する顔の凄みは感じられません。

 

許褚は虎癡と呼ばれ、ぼんやりした顔だった!

許チョ

 

また、許褚は発音の類似性から、仲間に虎癡(こち)と呼ばれたとあります。

癡とは、ぼんやりしている、或いは知恵の巡りが悪いという意味で、

虎のような怪力だがボーッとしている様子から名づけられました。

 

しかし、もし、許褚が凶悪な顔をしていれば、いくらなんでも

ぼんやりしているというあだ名はつかなかったでしょう。

そこには、恐らく顔つきも影響しており、体同様に顔も丸く、

愛嬌がある表情をしていたのではないでしょうか?

 

単馬会語で馬超は、許褚を見分けられなかった

馬超仲間入り

 

西暦212年、西涼の馬超(ばちょう)韓遂(かんすい)と共に叛いて

曹操が迎撃した事があります。

これを潼関(どうかん)の戦いといい、最初は馬超が有利だったのですが、

中盤は膠着し曹操は馬超に呼び掛けて、話し合いで戦争を納めようと馬上で会談しました。

 

このような会談形式を単馬会語(たんば・かいご)と言い、

原則武器を帯びず一対一で会談をするようです。

ただ、馬超は狡猾ですし、腕力にも自信があるので隙を見て曹操に飛びかかり、

首を落す機会を窺っていました。

 

曹操は万が一を考えて、許褚を一人だけ供につけて向かいます。

馬超は、曹操についてきた供が噂の許褚かと思い、曹操に

「虎侯はどちらですか?」と質問しました。

 

曹操は許褚を振りむいて「これが許褚だ」と紹介すると、許褚はここぞとばかりに

凄い顔で馬超を睨んだので、馬超は震えあがり曹操を襲うのを断念したようです。

 

何気ない会話ですが、馬超がわざわざ確認する程なので、普段の許褚は、

そこまで凶悪な人相をしているわけではなかったのでしょう。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

こうして見ると、典韋はその逸話から凶悪な顔と分りますが、

許褚は、「ぼんやり虎君」とあだ名されている事から見て、見た目は、

そんなに怖くなかったのではないかと考えられます。

 

顔つきは、ぼんやりでも許褚は勇猛で忠義に溢れ、

生涯に三度も曹操を救い、絶大な信頼を得ていました。

許褚は典韋と違い、気は優しくて力持ちというタイプだったのでしょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

関連記事:「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 曹操 【曹操孟徳の心に残る名言】法を制して自らこれを犯さば、何をもって…
  2. 三国志では教えてくれない洛陽と長安の秘密
  3. 曹丕 そうだったのか!?曹丕はスイーツ男子。詩にスイーツの想いを込めち…
  4. 環夫人 卞夫人のライバル?息子がすべて優秀な環夫人
  5. 三国志の時代の防犯はどんな方法があったの?三国志時代の犯罪防止法…
  6. 手紙を読む曹操 これはみみっちい・・実は手紙をガン見していた曹操の逸話
  7. 【シミルボン】こいつを捕まえたら1万銭!三国志の時代にもあったW…
  8. 宦官たち  人々の鑑になった良い宦官達

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 孔融と禰衡
  2. 孔明 郭嘉 周瑜
  3. 費禕
  4. 信陵君
  5. 辮髪(べんぱつ)

おすすめ記事

  1. 誰が読んでも間違いなく面白い戦国時代小説!夏の読書感想文もこれでバッチリ! 三国志ライター黒田レン
  2. これはひどい・・関羽は深刻な方向音痴だった?迷走する関羽の千里行
  3. 【はじめての孫子】第12回:卒を視ること嬰児の如し、故にこれと深谿に赴むくべし。 弩(ど)を発射させる蜀兵士達
  4. 涼州兵も思わずニッコリ?曹操はユーモアに溢れていた
  5. 【春秋戦国時代の偉人】武霊王はなぜ胡服騎射を導入したの?
  6. 三国志の時代の数学を体験してみよう!なんと円周率はおよそ3ではなかった!? 三国志大学で勉強する劉備

三國志雑学

  1. 諸葛一族
  2. 赤兎馬
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 孟嘗君
  2. 船冒険する諸葛直 船
  3. 呂蒙を慰める孫権
  4. 美女を集めた曹叡
  5. 孔子と儒教
  6. 秦の旗を掲げる兵士

おすすめ記事

悪い顔をしている諸葛亮孔明 【みんなが知らない諸葛孔明】戦率99%!撤退戦では無敗だった!? 孫策涙目になるほどのフルボッコ!?小覇王をコテンパにした陳登 蜀の劉琦 劉琦と劉琮の仲が悪くなったのは一体どうして!? kawauso編集長のぼやきVol.30「環境マネジメント」 金禕(きんい)とはどんな人?漢中防衛戦の陰に隠れたとある事件 曹操は容姿が貧相だったって本当?正史から読み解くよ 暴れまわる異民族に困る梁習 羌族は何者?何度も反乱を起こし漢王朝のHPを削ったヒャッハー集団 孔明による出師の表 【蜀漢の年表】劉備と孔明が支えた季漢の歴史を超分かりやすく解説

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

PAGE TOP