編集長日記
李傕祭り

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

今まで有難う趙雲!劉禅や姜維の感謝の言葉に感涙

この記事の所要時間: 35




 

五虎将軍として活躍しながら、劉備(りゅうび)の主騎(旗本)という立場であった為

大きな手柄には恵まれなかった趙雲子龍(ちょううん・しりゅう)。

しかし、真面目に勤めていれば、きっと誰かが見ていてくれるという言葉通り

趙雲は死んで、数十年経過した西暦261年、順平侯として顕彰される事になります。

そこには、趙雲有難う!という感謝の念が満ちていたのです。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情




劉禅からの感謝の言葉、あなたのお陰で生き延びる事が出来た

 

劉禅(りゅうぜん)は、まだ阿斗(あと)と呼ばれていた赤ん坊時代、長坂の戦いで

趙雲の懐に入れられ、曹操軍の追撃を免れて助かった経験をもっています。

そこで、趙雲を顕彰するに辺り、以下のような詔を出しました。

 

「趙雲は昔、先帝(劉備)に従い、功積が著しかった、朕は幼少の頃に、

大きな困難に遭ったが、趙雲の忠誠に縋り、それを切り抜ける事が出来た。

諡(おくりな)とは元勲を叙する為のものであるが、世の人々は、皆、

趙雲に諡号を与えるのが妥当であると話し合っている」

 

長坂の戦いでは、赤子だった劉禅は、それでも趙雲への感謝を忘れず

顕彰すべきであると提案しているのです。




姜維達、重臣の言葉 死んだ趙雲はきっと満足するでしょう

 

それを受けて、姜維のような重臣は協議し、以下のように返答します。

 

「趙雲は昔、先帝に従い、その功積は顕著、天下を駆けずり回って

労苦を惜しまず法令を破るような事もありませんでした。

その事は特筆すべきものであり、充分顕彰に値するでしょう。

ましてや、長坂の役で陛下を守りぬいた忠義は、硬い金石も貫く程です。

陛下は、その趙雲の忠義に恩賞を用いて報われようとしておられますから、

もし、死者に知覚というものがあれば、趙雲は、この事に満足するでしょう。

そして、生者においては、一命を投げ打ち、恩義に報いる事でしょう」

 

姜維は、最晩年の趙雲を知っている筈なので、趙雲を偲び、死者に知覚があれば

つまり、あの世というモノが存在し趙雲の霊魂が、この事を知ることが出来れば

きっと満足する事でしょうと結んでいます。

 

関連記事:趙雲と姜維の一騎打ち!姜維の武勇は本当に凄かったの?

関連記事:正史三国志と三国志注に出てくる趙雲はビックリするくらい全然違う!

 

趙雲に贈られた順平侯の意味とは?

 

趙雲に贈られた順平侯とは、どういう意味なのでしょうか?

まず、順とは、従順、賢明、辞愛、恩恵の4つの性質を示していて、

平は戦禍と動乱を平定する事を意味しています。

 

つまり順平侯とは、従順にして賢明であり、慈愛と恩恵を施す心の広い人で

その力は戦乱の世を平定するのに大いに役立ったという意味なのです。

まさに趙雲の貢献に対する最大限の賛辞といえるでしょう。

 

この頃、蜀漢で功臣を顕彰するブームが起きていた・・

 

実は蜀漢においては、亡くなった功臣を顕彰するのは余り盛んではなく

劉備の時代には、ただ法正(ほうせい)だけが翼(よく)侯として顕彰されただけでした。

劉備の没後は、諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)が国を支える功積が

偉大であるとして没後に武侯として顕彰され、その後は孔明の後を継いだ

蔣琬(しょうえん)が恭(きょう)侯、費禕(ひい)が敬(けい)侯として

それぞれ顕彰されました。

 

西暦258年には、陳祇(ちんし)が劉禅に愛された事で忠(ちゅう)侯として顕彰され、

260年には、一挙に五虎将軍の4名、関羽(かんう)張飛(ちょうひ)

黄忠(こうちゅう)馬超(ばちょう)がそれぞれ壮繆(そうびょう)侯、

桓(かん)侯、剛(ごう)侯、威(い)侯と諡号され顕彰されています。

 

趙雲の顕彰はその翌年ですが、どうして顕彰ラッシュが起きたか?と言えば

やはり、度重なる負け戦で蜀漢の士気が落ちていた事があります。

ここで過去の名将を顕彰する事で落ちた士気を高めて国を引き締めたい

そのような政治的な意図があったのでしょう。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

政治的な意図があるとしても、趙雲への感謝の念が嘘である事にはなりません。

具体的に趙雲の顕彰について書いてあるのは、趙雲盛りで知られる趙雲別伝ですが

趙雲が261年に諡号を受けたのは事実です。

そして正史には、当時の世論は、それを栄誉であると見ていたとあるので

趙雲が名将であった事は疑いようがなく、当時の蜀人も認めていた

事実であったと言えるでしょう。

 

■記事の内容に関するお問い合わせ(誤植等のご報告など)はこちら

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:もし趙雲が魏に仕えていたらどうなっていた?【ろひもと理穂if考察】

関連記事:趙雲子龍は何歳だったの?五虎大将軍の年齢に迫る!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 許褚はどんな顔をしていたの?三国志のそもそも論
  2. 92話:劉備を徹底的に追い詰める張任
  3. 蜀のブサメン軍師、龐統は魯粛のスパイだった?劉備と龐統、仮面主従…
  4. 反董卓連合軍に参加したのは、誰と誰なの?【素朴な質問】
  5. 項羽(こうう)ってどんな人?史上最強の孤独な戦術家 Part.2…
  6. 41話:いつかは去りゆくと知っていながら関羽を厚遇した曹操
  7. 【袁紹と袁術の関係を正す】其の2・勢力図からの考察
  8. 諸葛孔明の発明|伝説肉まんから紙芝居まで?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 春秋戦国の覇者・桓公の最後は非常に残念!名宰相がいなくなったら大変なことに
  2. 馬騰|北方異民族と戦う西の豪傑達にもっと光をを与えてみた
  3. 朽井迅三郎(くちい・じんざぶろう)は実在したの?アンゴルモア 元寇合戦記の主人公に迫る
  4. 陳矯(ちんきょう)とはどんな人?忠誠心と優れた決断力を持っていた魏の文官
  5. 劉備より先に五斗米道の教祖・張魯が漢中王になった可能性が浮上
  6. 張邈(ちょうばく)とはどんな人?親友の曹操を裏切って反旗を翻した政治家

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

キングダム 533話 ネタバレ予想:失われた士気 李陵(りりょう)とはどんな人?キングダムの李信を先祖に持つ悲運の将軍【前半】 武田軍の西上作戦はなぜ失敗してしまったのか?武田信玄の病が関係していた? ここを押さえれば大丈夫!NHK大河ドラマ『真田丸』を100倍楽しむ方法! 新制度導入はこんなに大変!胡服騎射を導入するために苦労を重ねた武霊王 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース26記事【7/17〜7/23】 【さんすま】三国大戦スマッシュ! 第5回 ついにあの武将が「覇王化」!! 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第34話「隠し港の龍雲丸」の見どころ紹介

おすすめ記事

  1. 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第13部(完)
  2. 口は災いの元だと痛感できる廖立(りょうりつ)のエピソード
  3. 織田信長の父・「尾張の虎」こと織田信秀の前半生に迫る
  4. 黒田官兵衛の肖像画で頭巾を付けている理由がわかる!天才軍師・官兵衛の地獄からの生還
  5. 「燕」ってどんな国?キングダム戦国七雄を徹底紹介
  6. 真田昌幸にとっての領土拡張戦略と沼田城の重要性
  7. 公孫瓚特集:悔しかったら雨を降らせてみろ・その1
  8. 孔明と一緒に蜀の政権を支えた熟考型の人材ってどんな人?

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP