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執筆者:コーノ・ヒロ

天照大神は卑弥呼がモデルだった?卑弥呼の正体に迫る!

この記事の所要時間: 532




 

お待たせしました。

今回から卑弥呼(ひみこ)の正体に迫っていくお話です。

 

前回までは松本清張氏の著作を中心に参考にして書きましたが、

今回から数回に渡り、

 

 

清張氏に相反する主張の保坂俊三氏の著作『卑弥呼は狗邪国から来た』(新人物往来社)を参考に、

卑弥呼の正体について、書いていきたいと思います。よろしくお付き合いください。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:鬼道の使い手である卑弥呼の女王即位と三国志の関係性




序章 ❝清張探偵に異議あり!❞

 

保坂俊三は、松本清張の主張する、邪馬台国を「北九州連合国」とした説を否定し、

北九州から畿内、さらには関東、東北南部にまで広がる、「日本列島連合国」とする立場です。

清張は、『魏志倭人伝』の作者の陳寿(ちんじゅ)が、

邪馬台国に関する数値を誇大にして、大きな国に見せて、

周辺敵対国に対する備えや「魏王朝」の威厳を保つことにしたという主張でしたが、

保坂は、逆に、その数値を信用していい部分が多いとする主張です。

特に、国の規模や戸数、卑弥呼の宮殿の規模についてです。

魏は、臣下とは言え、相手にする国であれば、

それなりの規模をもっていないと相手はしないではないかというのです。

それ相応の規模の国でないと「王」の称号を与える訳はないということでしょう。

何と言っても、当時、周囲には、

敵対する勢力として、「呉」、「蜀」、朝鮮半島の「公孫氏」がいたのですから、

それに対する備えとして、軍事同盟国のように意味をなす必要があったでしょう。

実際に規模が大きくてはならなかったのではないでしょうか。

さらに言えば、「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」を含め、

卑弥呼の時代と同時期の物と思われる物が畿内で発掘されています。

さらに、当時の物と思われる、鉄製の農具(=武器にも転用可能)

が広く関東にまで出土しているという事実があります。

以上のような事が、保坂の邪馬台国の「日本列島連合国」説の動機となっているようです。

ただ、邪馬台国の位置論争については、別の機会に記事にまとめていきたいと思います。

今回は、保坂氏の著作を参考に、卑弥呼の正体を探っていきます。




第一章 ❝卑弥呼は天照大御神になった?❞

 

①絶対女王?卑弥呼!

 

前回の記事では、松本清張の説を採用し、

卑弥呼はアイドルのような存在で、実質的な政治的権限はなかったという話をしました。

今回取り上げるのは、清張とは真逆の説で、アイドルではなく、

列記とした政治権力を持った女王だったいうものです。これを主張したのが保坂俊三です。

 

 

何でも、卑弥呼が仕えたとする「鬼道(きどう)」は、

道教集団「五斗米道(ごとべいどう)」の影響を受けていたというのです。

 

 

「五斗米道」は、三国志でもお馴染みですね。

後漢王朝末期より、張陵(ちょうろう)が創始した原始道教とも言われる宗教教団です。

漢中周辺で独立した自治国を三十年にも渡り維持してきました。

張陵の孫の張魯(ちょうろ)の時代に、「鬼道」の勢力を吸収したと言われます。

「五斗米道」は、215年に、曹操(そうそう)に降伏して、自治国家ではなくなりますが、

宗教としては、存続して、その教義は各地へ広まっていったようです。東へ東へと。

そして「鬼道」を信奉していた、邪馬台国の卑弥呼にも伝わっていたと考えられるというのです。

「五斗米道」は、「師君」から「治頭」「祭酒」「鬼吏」「鬼卒」へというように、

上下の身分がしっかりと分かれていたそうです。

ですから、卑弥呼の「鬼道」でも、

宗教上指導者=政治上権力者という構図が確固たるものだったと考えられるというのです。

つまり、卑弥呼は正真正銘の女王だったというのです。

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:邪馬台国ってどんな国だったの?まさに神っていた邪馬台国

 

②天照大神は卑弥呼がモデル?

 

保坂によると、卑弥呼が絶対的な女王であったことが事実と考えられるなら、

次のような仰天な説が浮上してくるのだというのです。

何と、卑弥呼は「天照大神(アマテラスオオミカミ)」だったのではないかと。

正確に言うなれば、天照大神のモデルは、卑弥呼だったと考えられるというのです。

 

天照大神と言えば、日本の古代を記したとされる、

歴史書であり神話とも言われる、『古事記』と『日本書紀』に登場する神様です。

日の神とも太陽神とも、さらには、自然を超えた尊い神とも言われています。

弟の須佐之男命(スサノオノミコト)の乱行を目の当たりにして手に負えず、

宮崎県高千穂町(たかちほちょう)の天岩戸神社(あまのいわとじんじしゃ)にあるという、

天の岩屋戸(あめのいわやと)を開けてその奥に引きこもり、

世界が闇に覆われたという伝説は有名です[『天岩戸の雲隠れ』]。

 

卑弥呼と天照大神には共通点が幾つもあるというのです。

一つは、日本国の最古の女性の統治者であるということです。

卑弥呼は日本初の女王と言われております。

一方、天照大神は女神として、天上界を指す「高天原(たかのあまのはら)」と地上界を指す

「葦原中国(あしはらのなかつくに)」の両方を初めて平定し、

その二つの世界に君臨する存在だったと言われています。

そして、二つ目は、二人とも独身であったということです。

三つ目は、男弟で助ける存在がいたということです。

卑弥呼には、難斗米(なしめ)がいて、天照大神には、岩戸隠れしたときに、

思金神(オモイカネ)という男の神の案で助けられました。

四つ目は、弟との抗争です。

卑弥呼には、敵対した狗奴国(くなこく)の王「卑弥弓呼(ひみここ)」がいましたし、

天照大神には、弟の「須佐之男命(スサノオノミコト)」との間で争いがありました。

保坂によると、「卑弥弓呼」は、卑弥呼と名前が似ていることから、

兄弟などの血縁関係にあったという推察です。

五つ目には、どちらも、鏡を大事に扱っていたということです。

卑弥呼は、大陸の魏王朝より与えられた銅鏡も含めて、鏡を貴重としていました。

神のお告げを聞くときにも鏡を利用したようです。

一方、天照大神は、天孫降臨の際、つまり天上界から地上界に降りて、

孫の「邇邇芸命(ニニギノミコト)」に地上界を統治させる際、

鏡をアマテラス自身の御魂として、与えたそうです。

 

 

それが、後の天皇家の位を象徴する「三種の神器」の内の一つの「八咫の鏡(やたのかがみ)」です。

以上のような複数の共通点が、二人には見られるのです。

 

ただ、以下のような疑問も出てきます。

 

天照大神が存在したのは、

『古事記』や『日本書紀』から読み解くと紀元前700年頃のようですので、

時代が千年近くズレているのでは?というものです。

しかし、これは神話として、例えば天皇在位を一代百年単位と誇大に考えられている節があり、

実際の天皇在位は十年単位と考えれば、

天照大神と卑弥呼の時代が同時期となり、辻褄が合うというのです。

 

また、『日本書紀』を含めて、卑弥呼を「神功皇后(じんぐうこうごう)」とする説があるようですが、

神功皇后は、朝鮮半島の「新羅(しらぎ)」に遠征したことになっています。

新羅という国が創始したのは、4世紀半ばからですので、

これは時代が卑弥呼が生きた、3世紀半ばとは百年のズレが生じてしまうようです。

 

関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?

関連記事:衝撃の事実!卑弥呼はアイドル活動をしていた?通説・卑弥呼伝

 

③ 卑弥呼の偉業「日の本に光を照らす経済政策」

 

それでは、なぜ、卑弥呼が天照大神のモデルになり得たのでしょうか?

世界を光に照らすだけの力を持ち、天上界と地上界の双方の支配権を確立し、

天皇家の象徴の「三種の神器」を初めて創った、天照大神の存在のモデルとなったからには、

やはり、それなりの功績があったからだと推察されます。

 

その功績として、2世紀から3世紀にかけて起きた「倭国大乱」によって

貧窮した日本列島各地の経済復興を成し遂げたというのが、保坂の主張です。

具体的には、鉄製の農具を普及させ、耕作率上げたということです。

そして、この時期の日本列島では製鉄の技術はありませんでした。

製鉄が日本列島で始まるのは、7世紀初め頃かと言われています。

ですから、鉄は全て輸入品です。

つまり、卑弥呼は、大陸の魏王朝と結び、鉄を大規模に輸入し、

その鉄を農具として庶民に使用させることで、耕作率を上げ、経済復興に努めたというのです。

これは、天照大御神の偉業として伝わる、

『天岩戸への雲隠れ』から復活し、再び光で世界を覆ったという伝説が重なるのではないでしょうか。

 

次回は、卑弥呼の出自について、探っていきます。お楽しみに。

 

 

参考文献;

・『卑弥呼は狗邪国から来た』保坂俊三 著(新人物往来社)

・古事記・日本書紀のすべてがわかる本 (史上最強カラー図解)

著者 多田 元 [監修](ナツメ社)

・古事記がわかる本 エソテリカ編集部 編 (学研)

 

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関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

コーノ・ヒロ

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