【元祖】那須与一は呂布だった?弓矢の実力も一流の呂布の逸話


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呂布(りょふ)といえば、高祖・劉邦(りゅうほう)と天下を争った項羽(こうう)と並び称せられるほどの豪傑。

しかし、あっちにふらふら、こっちにふらふら

蝙蝠のように節操がないことで有名ですよね。

 

そんな彼の扱いに誰もがヘトヘト。

カメレオンのような気まぐれで相手をふりまわして許されるのはかわいい女の子だけだぞ、呂布。

しかし、そんな彼にも彼なりの美学があったのかも…?

呂布にしては珍しい、あるエピソードをご紹介しましょう。

 

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徐州を奪取

 

呂布は袁術(えんじゅつ)を頼ったり、袁紹(えんしょう)を頼ったりふらふらと中原をさまよいます。

袁術に受け入れてもらえなかったり、

袁紹には受け入れられたものの問題を起こして追い出されたりで荒んでいく呂布。

 

その後、ようやく張邈に迎え入れてもらった呂布は曹操(そうそう)と激突します。

夏侯惇(かこうとん)を捕虜にするなどの活躍を見せたものの、1年以上にわたる戦いに敗北。

大損害を受け、命からがら逃げ延びた呂布は、徐州の劉備(りゅうび)を頼ります。

 

そして、手厚く迎え入れてくれた劉備に気を良くした呂布は、劉備を「弟」呼ばわり。

酒を飲みながらやんややんや喋る呂布に劉備は引き気味…。

支離滅裂な呂布の話に劉備は不信感を抱いたとか。

 

呂布を客として受け入れていた折、

袁術が徐州を奪おうと戦を仕掛けてきます。

そこで、劉備は本拠地である下邳に呂布を置いたまま出兵。

 

そのとき、悪魔が呂布に囁きます。

徐州を我が物にせよ。

劉備の留守をいいことに、呂布はあっという間に下邳を占拠してしまいました


ちょっと罪悪感…

 

劉備への恩を仇で返す形になってしまったことに、

呂布も少しは罪悪感を覚えたようです。

 

酔っていたとはいえ、「弟」とまで呼んだ劉備を叩きのめすことなんてできない…!

 

下邳を奪われたと知った劉備は急いで奪い返そうとしますが叶わず、

呂布に降伏を申し入れます。

その申し入れをすんなり受け入れる呂布。

呂布は劉備を豫洲刺史とし、自らは徐州刺史となりました

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの  

 

劉備を討つなら今…!

 

そんな状況を傍から見ていたのが袁術。

袁術は、劉備を討つチャンスは今だと考えます。

そして、紀霊に劉備討伐を命じます。

 

これに気づいた呂布の臣下は

「袁術に手を貸して、劉備を討ちましょう」

と進言します。

 

しかし、呂布は煮え切らない。

そして、劉備から救援要請が。

…どうする呂布!?


助けてくれなかった袁術と助けてくれた劉備

 

呂布は自分の利益のためなら恩だの何だの関係なく振る舞う男です。

しかし、このときばかりは心が揺れます。

 

劉備を討つか、助けるか。

 

袁術は、行き場の無い自分を受け入れてくれなかった。

でも、劉備は手厚く迎え入れてくれた。

気持ちよく酒を酌み交わし、「弟」とも思われた劉備。

それなのに、劉備の留守をいいことに、劉備から徐州を奪ってしまった。

そんな劉備を助けないわけにはいかない…!

 

…なんて考えてくれていたらいいのになとは思いますが、

袁術が劉備を討ち取った後、その矛先は自分に向くだろうと考えた呂布

劉備を助けることを決意します。


  

 

戟(ほこ)に矢を射ち当て、場を収める

 

すぐさま劉備がいる小沛に向かった呂布は、紀霊(きれい)を宴会に誘います。

そして、紀霊に兵を下げるように申し入れます。

 

しかし、そんなことを素直に聞けるわけがありません。

頑として聞き入れてくれない紀霊に、呂布は次のように提案します。

もし、私があそこにある地面にさした戟の小枝(刃が手元の方に湾曲している部分)に

矢を射ち当てることができたら、速やかに兵を引き上げろ

 

そんなことができるはずがないと高をくくった紀霊は了承します。

呂布がそんな繊細な芸当をやってのける人物には見えなかったのでしょうね。

「いやいや、一騎打ちならともかく、呂布には無理でしょう…」

宴会の場にざわめきが広がります。

 

しかし、呂布の矢は見事戟の小枝に命中。

紀霊は驚嘆し、約束通り撤退していきました。

 

戟使いで有名な呂布ですが、

戟だけでなく弓矢の名手でもあったとは。

恐るべし、呂布奉先。

 

西洋でいえば息子の頭に載せたリンゴを射抜いたウィリアム・テル、

日本でいえばゆらゆら揺れる舟の上の扇の的を射抜いた那須与一(なすのよいち)と言ったところでしょうか。

呂布が呂布なりの仁義を通したのかはともかく、

呂布の隠れた才能により助けられた劉備でした。

 

※この記事は、はじめての三国志に投稿された記事を再構成したものです。

元記事:呂布、ナイスシュート!

 

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