魏延
馬超




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

おデブは一日にしてならず董卓を肥満させた儒教の教えとは?




董卓

 

董卓(とうたく)呂布(りょふ)によって殺された際、

その肥え太った身体からはおびただしい量の脂が流れ出したと伝えられています。

そして、その様を見て面白がった兵が董卓のへそに灯心を挿して火をともしたところ、

その火は数日間揺れ続けたのだとか…。

 

そんなおデブ伝説を持つ董卓ですが、彼は元々おデブさんだったわけではありません。

ではなぜ、彼はおデブさんになってしまったのか?

董卓のおデブさんになるまでの軌跡を追ってみましょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:スケベには回避不能?董卓を滅ぼした貂蝉の連環の計

関連記事:ハイパーインフレ太師董卓が貨幣経済を破壊した!

 

 

両利きの弓の名手・董卓

両利きの弓の名手の董卓

 

董卓がなぜおデブさんになってしまったのかを語る前に、

元々の董卓の体型をさらっておきましょう。

 

董卓は若かりし頃、

馬に乗りながら右でも左でもどちらの腕でも

百発百中で的を射抜くことができる弓の名人でした

 

通常弓を操る人というのは片腕に筋肉が偏ってついてしまうものですが、

董卓は両方の腕に筋肉がバランスよくついていたことでしょう。

 

そして、馬に乗りながら弓を引くということは、そうとうな平衡感覚の持ち主だったということ。

体幹はバッチリ鍛えられ、脚にも胴体にもしっかりと筋肉がついていたに違いありません

 

 

相国になって酒池肉林

呂布と董卓

 

おそらく引き締まった肉体をお持ちだった董卓ですが、

彼の体に変化を及ぼす事件が起こります。

外戚・何進(かしん)宦官暗殺計画を企てて失敗した後、命を落とした何進の恨みを晴らすという名目で

袁紹(えんしょう)袁術(えんじゅつ)宦官を皆殺しにせんと暴れまわりました。

 

その混乱の最中、少帝(しょうてい)陳留王(ちんりゅうおう)の手を引いて逃げる一人の宦官の姿がありました。

中常侍・段珪(だんけい)です。

段珪はなんとか少帝と陳留王を連れて小平津まで逃げ延びたものの、

軍を率いる董卓に追い回されて行き場を失い、自ら命を絶ってしまいます。

 

こうして董卓は少帝と陳留王の2人を手中に収めることができたのです。

2人の皇族を保護したことによって董卓の地位は一気に高まります

 

その後、頭を失った何進軍を吸収したり、

呂布を懐柔して丁原(ていげん)を葬り去って丁原軍を吸収したりして強大な軍事力を手に入れた董卓は、

少帝を廃して陳留王を献帝として即位させ、ついには自ら相国となって政治を牛耳ったのでした。

 

相国にまでのぼり詰めた董卓は毎日のようにご馳走を貪って美酒を仰ぎ、

左右にたくさんの美女をはべらせて豪遊。

しかし、その財源は民草から搾れるだけ搾り取った税…。

民草が窶れていくのに反比例するかのように、董卓の体はどんどん肥え太っていったのでした。

 

よかミカンが贈る「黒三国志入門」
よかミカンのブラック三国志入門

 

だって『孟子』にも書いてあるから!

孔子

 

たとえ相国になっても、日々鍛錬に励んで体を鍛えるべきだったのでは!?

と思う人もいるでしょう。

元々武芸を極めていた董卓ですし、

身体を鍛えることの重要性は十分に理解していたはずなのに…。

 

しかし、それはあくまで現代の私たちの価値観でのお話。

儒教が国教とされていた当時の人々の認識は異なるものだったようです。

儒家の経典の1つである『孟子』には、

心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる

という言葉があります。

 

心を労する、つまり頭を使う人は人を統べる能力を持ち、

力を労する、つまり体を動かして汗をかくことしかできない人は他人に使われるしかない

と訳すことができるでしょう。

 

当時の人々はこの『孟子(もうし)』の教えを

「人の上に立つ人物は体を動かさない」

と解釈していたようです。

いやいやちょっと待って、

「心を労する」はどこに行ってしまったの…!

 

しかし当然と言うべきか、董卓もその例に漏れず、

「偉くなった自分は汗をかいてはいけないのだ!」

と考えたわけです。

 

『孟子』が一番伝えたかった「心を労する」という言葉が

董卓の頭の中をかすめることすら無かったであろうことは、

彼の悪行を見れば明白ですよね…。

 

ただただ動かないのであれば、筋肉が落ちてむしろ痩せてしまうものですが、

董卓は酒池肉林ともいえる毎日を過ごしていたわけですから、

当然要らないお肉が体中についてしまったのです。

 

それも『孟子』を曲解してそれを盾にしながら

自らおデブへの道を突き進んでいますから目もあてられません…。

 

三国志ライターchopsticksの独り言

三国志ライターchopsticksの独り言

 

どうか皆さん、将来どんなに偉くなっても食事は腹八分目を心がけて

適度な運動をして健康な体型を維持してくださいね。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:暴君・董卓は実は名将軍としての資質があった!?

関連記事:董卓は火葬で放置プレイされてチョー惨めだったってほんと!?

 

リアリズムと悪の教科書
君主論

 

chopsticks

chopsticks

投稿者の記事一覧

清朝考証学を勉強中。
銭大昕の史学考証が専門。
片田舎で隠者さながらの晴耕雨読の日々を満喫中。

好きな歴史人物:
諸葛亮、陶淵明、銭大昕

何か一言:
皆さんのお役に立てるような情報を発信できればと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

関連記事

  1. そうなの!劉備と孔明は故郷について真逆のスタンスだった
  2. 悪来と呼ばれた典韋 【初代親衛隊長】呂布軍を打ち破るきっかけを作った典韋(てんい)
  3. 劉備玄徳が眩しい理由 三国志 【ホラッチョ劉備】皇帝の子孫は後付け設定だった?
  4. 諸葛亮をこよなく愛した土井晩翠、星落秋風五丈原が後世でも形を変え…
  5. 出来ると言われる人必携!三国時代の役人7つ道具
  6. 山頂に陣を敷いた馬謖 登山家・馬謖の山登りにはちゃんと意味があった!
  7. 虎豹騎を率いる曹休 曹休が虎豹騎と呼ばれる最強部隊を率いていた?どんな部隊なの?
  8. 李儒と三国志 超分かりやすい!三国志 おおざっぱ年表

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. キングダム54巻amazon
  2. 曹操に憧れる荀彧
  3. 典韋にボコボコにされる成廉
  4. 宣教師 ルイスフロイス
  5. 真田丸 武田信玄

おすすめ記事

  1. 曹植も詠んだ詠史詩の魅力とは? 曹植
  2. 三国志の故事成語『苦肉の策』(くにくのさく)って何? 苦肉の策(笑)
  3. 三国志の時代に流行した超クールなスポーツ撃壌
  4. 孫権は何であれほど合肥城を狙い続けたの?理由をわかりやすく解説(後半)
  5. 周瑜の遺言が名文すぎて泣ける周瑜爆ageキャンペーン 周瑜、陸遜
  6. 魏の諸葛誕が反乱に失敗した原因ってなに? 諸葛誕

三國志雑学

  1. 袁紹VS公孫瓚
  2. 魏曹操と魏軍と呉軍
“はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 項羽
  2. 趙雲と劉備が初めて出会うシーン
  3. 処刑寸前で止める廬毓(ろいく)
  4. 司馬懿
  5. 公孫サン(公孫瓚)

おすすめ記事

曹操に仕える前の龐徳って何してたの?地方の役人として後漢王朝に仕えていた男の人生 宦官 宦官とはどんな人たち?朝廷を牛耳った宦官の役割を紹介 真田丸 武田信玄 武田信玄の魅力とは?なぜ歴史ファンは武田信玄に魅了されるのか? 馬謖を斬り悲しむ孔明 ええっ!独裁者諸葛亮を叱りつけた部下がいた! 【架空戦記】時空を超えた対決!韓信VS 諸葛亮孔明の一本勝負 曹操と張繍 張繍と賈詡は曹操に降伏したのは本心からではなかった!? 黄忠の様子を見に行く趙雲 黄忠(こうちゅう)ってどんな人?華々しさとは真逆、家族に恵まれなかった人生 後継者を決めずにダラダラする袁紹 袁紹は黄巾の乱平定に実は参加していなかった!袁紹は何をしていたの?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム
“水滸伝"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志PR募集法正"
PAGE TOP