関羽千里行が可能だったのはカバだから?カバは身体能力的に赤兎馬たりうるか?【HMR】

2018年8月30日


 

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HMR隊長・石川克世

 

これまで、わが「はじ三ミステリー調査隊(HMR)」は、さまざまな文献や史跡から「赤兎馬=カバ説」を裏付ける証拠を発見してまいりました。しかし、読者の皆様の中には、こんなことを思われている方もいらっしゃるかもしれません。

 

モブ

 

「なんだかんだ言ってもカバはカバだろ?

 

動物としての能力が馬とは違いすぎるやっぱり赤兎馬がカバだなんて無理がありすぎ」

 

確かに、これまで我々はカバという動物の能力についてはあまり考慮にいれずに考察を行ってきました。これではまるで、同じ机の上に置かれているからといってハサミとものさしを同じものだと言ってるようなものです。

 

そこで、今回はこれまでとは違ったアプローチ……すなわち、動物学的に見て、本当にカバが赤兎馬たりえるか、その考察をおこなってみました。

 

すると、馬にはないカバのある特徴が実はカバを軍馬の代わりに用いるのに向いているのではないか、という驚きの推測が成立してしまったのです!!

 

果たして、いかにカバは赤兎馬たりうるのでしょうか!?

 

関連記事:そんなカバな!!赤兎馬はカバだった?関羽は野生のカバに乗って千里を走った?(HMR)

関連記事:いつまでやるの?またまた『赤兎馬=カバ説』を検証してみる。第2弾【HMR】

 

カバの性格:荒っぽくて獰猛、戦場でも暴れられること間違いなし!!

赤兎馬風カバに乗っている呂布

 

日本の動物園にいるカバを見ているといかにものんびりしており、そんなおっとりとした性格の動物が戦場を駆け回るなど、ありえそうには思えません。

 

しかし、野生状態にあるカバは非常に縄張り意識が強く獰猛であることが知られています。

 

縄張りに侵入してくる外敵には容赦なく、ライオンやワニといった大型肉食獣に対しても猛然と襲いかかります。同族であるカバ相手でも容赦はせず、激しい縄張り争いの挙げ句、致命傷を負い、死んでしまうケースも少なくありません。

 

さらに、他のオスの縄張りを奪い取ったカバはその追い出したカバの子を殺す、いわゆる「子殺し」の習性を持っていることも知られています。これは、肉食獣であるライオンなどにも見られる習性です。

 

アフリカでは年間500人位上の人間がカバに襲われ死んでいるとされこれはライオンなどによる被害を上回る数である言われます。馬などより、よほど戦場に向いた動物とも言えるでしょう。

 

カバの攻撃力:顎の力は世界No.2!!

赤兎馬(カバ)に乗る関羽

 

陸上動物としては象に次ぐ大きさ・体重を誇るカバ。突進力の強烈さは言うまでもありません。

 

しかし、カバの最大の武器はその顎の力です。カバの外見上最大の特徴でもあるその大きな口は見た目に違わぬ強烈な力を持っており、その噛む力はなんと1トンにも達します。

 

これは現在存在している陸上生物としてはアリゲーターワニに次ぐ破壊力です。ワニを遥かに上回る体格と体重、そして顎の力。カバがたやすくワニを撃退できるのも不思議はありません。

 

カバに十分な戦闘能力があることも、これで保証されました!!

 

古代中国・超科学の世界に挑戦する HMR

HMR  

 

カバの移動速度:時速40キロ……それって速いの?遅いの?

 

陸上でのカバの走る速度は、最高でおよそ時速40キロ程度とされています。人間の走行速度は最高で時速37キロですので、それより少し速い程度と言えます。

 

ちなみに、現代において競馬に使用される馬、サラブレッドでは時速70~80キロに達します。

 

あれ? カバって思った以上に鈍足?

 

しかし、サラブレッドはあくまでも現代の競走馬、古代中国の軍用馬とは求められるものがそもそも違います。

 

孟達を討伐する司馬懿

 

三国時代においては、司馬懿率いる軍隊が、彼の本拠地である宛から孟達の守る上庸までおよそ1200里(480キロ)を8日間で走破したという記録が残されています。

 

これはだいたい1日で60キロを移動した計算になりますね。少なくとも、速度に限って言えば、カバのスピードはそこまで遅いものとは言えないでしょう。

 

(参考記事)

・【三国志ライフハック】司馬懿に見習い 勝ちパターンを生み出せ!

 

カバの持久力:実は最大の弱点?

カバの持久力:実は最大の弱点?

 

気性は猛々しく、攻撃力もあり、速度も十分。軍用馬としては申し分ない資質を持っているように思えるカバですが、実は大きな弱点があります。

 

それは持久力です。

 

陸上動物として象に次ぐ大きさを誇るカバですが、実は陸上での歩行・走行はその大きな体重が負荷となり実はあまり得意ではありません。カバが1日の大半を水中で過ごすのも水による浮力を得て、体重の負荷を軽減するためです。とても陸上で長距離の行軍に耐えることはできそうにありません。

 

これは重大な問題です。やはり「赤兎馬=カバ説」は単なる与太話でしかないのでしょうか?

 

この最大の難問に脂汗を浮かべる筆者。まあ、記録的な猛暑の中で記事を書いているせいなんですが。果たして、カバ最大の弱点を克服することは可能なのでしょうか?

 

世界遺産DVDを観て筆者はひらめいた!!

世界遺産DVDを観て筆者はひらめいた!!

 

いかにすればカバが長距離の行軍に耐えることができるか?

 

行き詰まった筆者が息抜きしようとデアゴスホニャララ社の世界遺産DVDを観ていた時、突如その脳裏に天啓がひらめきました!!

 

「そうか!!

赤兎河馬はきっとこの方法で長距離行軍をこなしていたんだ!!」

 

その、天啓のきっかけになった世界遺産とは、中国最長の大運河『京杭大運河(けいこうだいうんが)』です!!

 

大河によって育まれた中華文明

大河によって育まれた中華文明

 

かつて、人類文明の発祥に関する説として有力視されていた考え方に

 

『世界四大文明説』

 

と呼ばれるものがありました。

 

これは、「メソポタミア文明」「インダス文明」「エジプト文明」「黄河文明」という4つの文明がその後の人類文明の始祖となった、という考え方です。

 

現代ではこの四大文明説を採る見方は否定されることが多いですが、ここで「4大」とされる文明はすべて大河の河川域の肥沃な土地に発祥した文明であるという共通点を持っています。

 

中国には北から黄河・淮河(わいが)・長江という3本の大河があり、特に淮河と長江の間には網の目のような小河川が存在しています。

 

これらの小河川の問題は、北方から南方へ向かう軍事行動にとって大きな障害となり、結果北からの侵攻が河川によって阻まれることが度々ありました。曹操が大敗した赤壁の戦いや五胡十六国時代における淝水の戦いなどが有名ですね。

 

戦国時代から作られていた運河

黄河

 

河川の存在は陸路による運搬や行軍に大きな障害となりますが、一方、船を使うことでそれを物流の要路として利用することも可能です。そうした地勢的条件から、中国の歴代王朝では河川を整備した運河の建設が盛んに行われることになったのです。

 

紀元前5世紀、戦国時代の初頭には、すでに各国で運河の建設が行われていたとされます。運河が最も高度に発展したのが6世紀末から7世紀初頭にかけ栄えた隋の時代でした。隋の初代皇帝である文帝と、二代目皇帝の煬帝が、各地に存在した小運河を連結し、整備したのが「京杭大運河」でした。

 

この「京杭大運河」は北京から杭州に至る総延長2500キロにおよぶ大運河となり、現在も中国の経済的大動脈として利用されています。

 

河川や運河を使って移動した赤兎河馬

河川や運河を使って移動した赤兎河馬

 

中国には豊富な河川が存在し、また各地に大小さまざまな運河が建設されました。

 

陸上移動が苦手なカバでも、これらの河川や運河を使い移動すれば、長距離の行軍に十分耐える可能性があるとは考えられないでしょうか?

 

呂布や関羽はカバにまたがり、川や運河をわたって遠い戦場に赴いたのかもしれませんね。

いや、絶対間違いない!!(確信)

 

三国志ライター 石川克世の独り言

三国志ライター 石川克世の独り言

 

いやあ、今回は我ながらさすがに強引……、

 

いやいや、そんなことはありません。

 

関羽がカバにまたがり川をわたって千里行する姿を

想像するだけで楽しいではないですか!!

 

やっぱり「赤兎馬=カバ説」は浪漫です。我がHMRはこれからも、「赤兎馬=カバ説」が真実であることを追い求めます!!

 

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赤兎馬はカバ

 

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石川克世

三国志にハマったのは、高校時代に吉川英治の小説を読んだことがきっかけでした。最初のうちは蜀(特に関羽雲長)のファンでしたが、次第に曹操孟徳に入れ込むように。 三国志ばかりではなく、春秋戦国時代に興味を持って海音寺潮五郎の小説『孫子』を読んだり、 兵法書(『孫子』や『六韜』)や諸子百家(老荘の思想)などにも無節操に手を出しました。 好きな歴史人物: 曹操孟徳 織田信長 何か一言: 温故知新。 過去を知ることは、個人や国家の別なく、 現在を知り、そして未来を知ることであると思います。

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