張郃は司馬懿のせいで殺されてしまった?


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司馬懿と諸葛亮

司馬懿と諸葛亮

 

諸葛孔明(しょかつこうめい)が北伐を失敗し続けた原因の一つに蜀と魏の将軍の実力差が挙げられるでしょう。

蜀には魏延(ぎえん)馬岱(ばたい)等の歴戦の将軍達がいました。

しかし魏にはこれらの将軍よりもはるかに戦の経験を持った将軍が二人もいたのです。

その二人とは張郃(ちょうこう)司馬懿(しばい)です。

 

張郃は曹操(そうそう)曹丕(そうひ)曹叡(そうえい)と魏の名君三代に仕え、それぞれの君主の元で華々しく武功を挙げた将軍です。

司馬懿は曹操時代には戦における実績がありませんでしたが、曹丕・曹叡時代には戦の実績を十分に積んで、

魏の将軍の中でもトップクラスの将軍になります。

 

そんな二人の名将達の間で事件が起きます。

それは張郃の戦死ですが、張郃の戦死には不可解な部分が多く残されているのです。

 

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第四回北伐戦開始

北伐を開始する諸葛亮

 

孔明は魏軍を打ち破ることができないのは食料が大量に輸送できないことだと考え、食料輸送の改良します。

そして孔明は食料輸送問題をある程度解決することができると再び北伐を開始。

魏は諸葛孔明が再び軍勢を北上させてくるとの情報を得ると司馬懿を総大将にし、張郃を司馬懿の部下に加えて迎撃させます。

こうして第四回蜀軍vs魏軍との戦いが始まります。

 


 

幾度も進言するも・・・・

張郃は司馬懿に進言するも却下される

 

張郃は諸将を率いて略陽に到着すると陳倉方面へ進撃していた孔明率いる蜀軍が祁山へ撤退していきます。

張郃は司馬懿が到着すると孔明率いる蜀軍を撃破する作戦を司馬懿へ何度も進言します。

司馬懿は何が気に食わなかったのか、張郃の進言をすべて却下

 

どうして司馬懿は張郃の作戦をすべて却下したのか。

その理由を考えてみました。

 

北伐の真実に迫る

北伐  

【張郃の進言を却下した理由その1】負けたら降格するから

司馬懿

 

司馬懿が張郃の進言を却下した理由その1は負けたくなかったからです。

司馬懿はどうして負けたくなかったのか。

その理由は負ければ司馬懿の地位が降格するかもしれないからです。

どうして司馬懿が孔明に負けると降格するのか。

それは司馬懿が蜀軍を迎撃する総大将だからです。

 

正史三国志によると張郃は司馬懿へ「蜀軍に対して積極的に攻撃を仕掛けるべし」との進言を何度も行っています。

 

しかし司馬懿は張郃の意見を全て却下し、防御を固め蜀軍へ攻撃をしなかったそうです。

このことから司馬懿は蜀軍の弱点が兵糧であることを見抜き、張郃の進言を採用して蜀軍へ攻撃をしなくても勝つ事ができると判断したのでしょう。

 

もし司馬懿が張郃の進言を取り上げて負ければ、敗北責任を取って、司馬懿の役職が降格するもしれません。

そのため司馬懿は張郃の積極策をせず、負けないことを重視していたと思われます。

しかし司馬懿が張郃の進言を採用しない理由がもう一つあるとレンは考えます。


 

【張郃の進言を却下した理由その2】張郃に危機感をしていた!?

司馬懿

 

司馬懿は張郃から色々と進言を受けますが、すべて却下しましたが、二つ目の理由として司馬懿が張郃に危機感をもっていたからだと考えます。

蜀や呉、魏もそうですが君主の目の代わりとして軍の中に監査・査察し、皇帝や君主へ報告をする役職を持った人が必ずいます。

その人達がもし張郃の進言を司馬懿が採用して蜀軍を撃破した場合、張郃の進言が蜀軍撃破につながったと皇帝に報告すれば、司馬懿よりも張郃の方が

役職が上になってしまうかもしれません。

 

そのため司馬懿は張郃の進言内容が優れていた事に危機感を持ち、彼の作戦を採用しないですべて却下したのではないのでしょうか。


  

 

 

孔明率いる蜀軍が食糧不足で撤退

諸葛亮

 

さて蜀軍は司馬懿の読み通り、食料が不足して撤退することになります。

司馬懿は戦うことなく蜀軍に勝利を手にすることになります。

 

しかし司馬懿が蜀軍と一回も戦いを行わないことに諸将は激怒し「司馬懿は孔明にビビりすぎだろ!!臆病者だ!!」と罵っていたそうです。

そして司馬懿の頭の中である閃きが沸き起こります。

 

張郃に蜀軍を追撃させて殺してしまえ!!

司馬懿

 

司馬懿は張郃を呼ぶと「蜀軍を追撃してくれ」と命令します。

しかし張郃は司馬懿へ「帰る敵を追撃するのはやめた方がいい」と反対。

 

司馬懿は張郃の反対意見を押し切って張郃を無理やり蜀軍を追撃させます。

その結果張郃は蜀軍の伏兵による攻撃を受けて亡くなってしまいます。

どうして司馬懿は張郃の意見を無視して追撃させたのか。

 

レンの予想になりますが、

司馬懿が張郃を蜀軍に殺害させるためだったのではないかなと思います。

司馬懿は自分よりも優れた戦術眼を持った張郃に危機感を持っていたと思われます。

現代の人も会社で自分よりも仕事ができる優れている人が側にいれば、面白くないですし、イライラしてきませんか。

 

司馬懿も現代人と一緒で自分よりも優れた将軍・張郃がいれば、この先必ず自分の地位が奪われることになりかねないと危機感を感じたのではないので

しょうか。

だからこそ司馬懿は蜀軍追撃を反対した張郃の意見を無視して、自分の地位を脅かす張郃を抹殺する為に蜀軍を追撃させたのではないのでしょうか。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

司馬懿は張郃が討ち死にした事を知った時、ガッツポーズして大喜びした事でしょう。

だってライバルが自分の企み通りに居なくなったのですから。

もしレンの推測が当たっていれば、張郃が蜀軍の将軍達だけでなく、味方からも恐れられるほど優秀な将軍だったことになりませんか。

また優秀すぎると誰かに蹴落とされる事になるとの証左にもなるのではないのでしょうか。

 

参考文献 【ちくま学芸文庫 正史三国志魏書】等

 

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