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「陸遜のことが大好き!」な人々がなぜこんなに多いの?最近のイケメン描写の横行を考察

2019年5月18日


 

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陸遜

 

 

いきなりですが、陸遜(りくそん)は好きですか?本稿のライターは、陸遜(りくそん)大好きです!

 

孫権に初代丞相として任命される孫卲(そんしょう)

 

いわゆる歴史シミュレーションゲームの類では、私自身が何かと孫権(そんけん)を使うからかもしれません。

 

周瑜と陸遜

 

()の軍師といえば、前半は周瑜(しゅうゆ)、後半は陸遜、この二人がいればたいがいのことは何とかなる印象じゃないですか?

 

 

陸遜

 

そんな私からみても、陸遜の人気が日本の三国志ファンの間で高いことはうれしいのですが、ひとつだけ、どうしても気になること。

 

「陸遜って、いつからイケメン枠が確定したのですか?!」

 

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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そもそも年齢計算するとデビュー戦で既に中年だったはずの陸遜

陸遜 剣と刀

 

若いころは山賊討伐などで地道にキャリアを積んでいた陸遜。彼が表舞台に立つきっかけとなったのは、呂蒙(りょもう)と組んでの荊州(けいしゅう)攻めの時でした。ただし、事実上のデビュー戦は「夷陵の戦い(いりょうのたたかい)」となります。

 

陸遜

 

正史(せいし)』でも『演義』でも共通している話ですが、夷陵の戦いの際、指揮官に大抜擢された陸遜のことを、呉の諸将たちは侮り、最初はなかなか、ついてきてくれなかったといいます。

 

陸遜

 

夷陵の戦い以前には陸遜はほとんど無名か、せいぜい「孫権様の覚えがめでたいイヤな奴」くらいの印象だったと推測されます。それが夷陵の戦いで大活躍、という次第なのですが、陸遜の年齢を計算すると、荊州攻めおよび夷陵の戦いの頃、すでに三十代後半だったはず。

 

孔明

 

 

意外かもしれませんが、実は諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)と近い年齢です!

 

 

陸遜

 

 

言っちゃなんですが、若手ではありませんよね。横山光輝(よこやまみつてる)先生の漫画版では、恰幅(かっぷく
)
のよい中年男性として登場しますが、年齢を計算するとこの描写こそが素直な解釈といえます。

 

 

 

陸遜がいつのまにかイケメン枠になった理由は?

kawausoと陸遜

 

 

それが最近のメディアでの描かれ方は、どうでしょう?陸遜といえば、すっかりイケメン。登場する作品によってはもはや美少年扱いです。

 

周瑜と陸遜

 

なんでこのようなイメージの変化が起こったのでしょうか?

その鍵となるのは、「演義」における記述にありそうです。

 

・「陸遜は、体格のしっかりとした美丈夫であった」という描写がある

・登場後の陸遜自身が謙遜をするとき、「私はまだまだ書生ですが」という態度をとっている

 

この二点が大きそうですね。美男で、かつ、書生(学生)。

女性ファンを取り込みたい思惑も満々の日本のメディアにとって、これはもう、イケメン枠で使うしかない!

 

陸遜特集

 

 

 

本来の陸遜は中年男だったという説もじゅうぶんに成り立つ理由

陸遜

 

ともあれ、この演義での扱いについては、ツッコミが可能です。

 

西郷隆盛(ゆるキャラ)

 

 

まず「美男」と言っているところについては、「体格のしっかりした」というワードが入っているところに注目!現代日本でいうイケメンというよりは、西郷隆盛(さいごうたかもり)のような「男らしい堂々たる肉体」の持ち主だと言いたかったのかもしれない。そして「書生(しょせい
)
」というところもポイント。

 

三国志大学 曹操

 

これは学生という意味ではなく、学者という意味で言っているのかもしれない。「私はついこのあいだまで学生でしたが」と言っているのではなく、「私は軍人としてのキャリアは薄く、どちらかといえば座学で軍事を勉強してきたものですが」と謙遜しているのではないでしょうか。

 

陸遜

 

デビューの遅かった陸遜が呉の諸将たちを相手に謙遜する際に、「みなさんほど実戦には出ていません」と正直に言うのは自然ですし、

「でも、座学ながら、熱心に勉強をしてきたんだぞ」とも言いたいがための、「書生」という表現ではないでしょうか。

 

「年齢としては夷陵の戦い時に三十代後半、体格堂々とした男性であり、座学で軍事を勉強しながらチャンスを待っていた遅咲きの人物である」

・・・となると、やっぱり横山光輝先生が描いたような恰幅のよい中年男が正しい解釈なのでは?!

 

 

 

まとめ:それでもみんなが陸遜を「若者」としてチヤホヤしたがる理由

陸遜

 

それでも陸遜をイケメン枠でちやほやしたがる傾向は、おさまりそうにありません。

なぜそうなったかというと、おそらく以下のような理由ではないでしょうか?

 

周瑜、陸遜

 

周瑜(しゅうゆ)が早々に死んでしまうので、その遺志を継ぐ後輩、というポジションが似合う以上、若造というイメージのほうがしっくりくる

・夷陵の戦いの時、諸将から「最初は侮られた」理由が、「遅咲きのオッサンだったから」というよりも、「頼りなさそうな若造だったから」というほうが共感しやすい

 

陸遜

 

これらを上回る理由としてあげられるのが、やはり「強い」ということ!

 

陸遜と孫権

 

軍略家としての活躍を見ると、夷陵の戦いにおける大勝は華々しいですし、『演義』では孔明の石兵八陣(せきへいはちじん
)
という奇策にかかったエピソードがありますが、これはもちろん『演義』ならではの創作であり、史実ではほとんど目立った「敗戦」の記録がない。

 

夷陵の戦いで負ける劉備

 

こんなに使えるキャラクターが物語の後半に出てきて、劉備(りゅうび)諸葛亮(しょかつりょう)を苦しめる、となるのであれば、やはりそれは中年のオッサンというよりは、新世代のホープの美男子であるべき、となってしまうのでした。

 

今後もイケメン扱いはおさまりそうにないし、それも、やむなし!

 

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YASHIRO

YASHIRO

とにかく小説を読むのが好き。吉川英治の三国志と、司馬遼太郎の戦国・幕末明治ものと、シュテファン・ツヴァイクの作品を読み耽っているうちに、青春を終えておりました。史実とフィクションのバランスが取れた歴史小説が一番の好みです。 好きな歴史人物: タレーラン(ナポレオンの外務大臣) 何か一言: 中国史だけでなく、広く世界史一般が好きなので、大きな世界史の流れの中での三国時代の魅力をわかりやすく、伝えていきたいと思います

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