ログイン | 無料ユーザー登録


呂布特集
三国志の死因


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

みじめな最期を遂げた公孫瓚が袁紹に勝利するためのシナリオとは?

諦める公孫サン(公孫瓚)


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

孔明退治を妄想する朶思大王

 

タラ・レバは現在はもちろん三国時代にも通用しませんが、「もしあの戦いの結果が違っていたら」と、想像力を膨らませるのはいたって自由です。

という訳で今回は、序盤のライバル対決「公孫瓚(こうそんさん) VS 袁紹(えんしょう)」において、公孫サンが勝利するにはどうすればよかったのか、時系列に沿ってシナリオを練ってみました。

 

自称・皇帝
当記事は、
公孫瓚 最期」
「公孫サン 最期」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:公孫瓚はクズ野郎だった?北の英傑公孫サンの実像があまりにも酷い件

関連記事:公孫瓚の武力の強さは独自の戦闘組織にあった

 


 

まずは正史における公孫サンの最期を再確認

公孫瓚と劉備

 

公孫瓚と言えば、「白馬将軍(はくばしょうぐん)」という異名を持つ幽州(ゆうしゅう
)
の群雄であり、旧知の劉備玄徳(りゅうびげんとく)を引き立てたり、反董卓連合に劉備3兄弟を従え参加するなど、目立った存在として描かれることも多いですが、それは三国志演義(さんごくしえんぎ)によるフィクション。

 

公孫サンは英雄劉備が真似した人物だった公孫瓚、劉虞

 

実際の彼は嫉妬深く、善政を敷いていた劉虞(りゅうぐ)を自己中な理由で殺害・貶めたことで人心を失い、戦力的に勝っていたはずの袁紹界橋の戦い(かいきょうのたたかい)で敗北。

 

諦める公孫サン(公孫瓚)

 

立てこもった頼りの易京(えきけい)袁紹(えんしょう)が繰り出した「地下道作戦」で落城し、妻子を刺殺したのち居城へ火を放ち自決するという、みじめな最期を遂げます。

しかし、公孫瓚という人物から「醜い男の嫉妬心」を引き算すると、歴史の趨勢(すうせい)が変化する可能性もあるのです。

 


 

公孫サン勝利のシナリオ1 劉虞との協力体制

劉虞

 

187年勃発した張純(ちょうじゅん
)
の乱平定のため朝廷が派遣した劉虞は、武闘派公孫瓚が平定できなかった乱を、烏丸単于(うがんぜんう)丘力居(きゅうりききょ
)
を懐柔することであっさり鎮圧。

 

苦笑いするしかなかった公孫サン(公孫瓚)

 

手柄を奪われる形になった公孫瓚は面白くないはずですが、ぐっと自制心を利かせ劉虞と協力し、幽州の治世を安定させていきました。

 

朝まで三国志 劉虞

 

乱平定の功績によって大尉に昇進した劉虞も、武勇に長け頭の回転も早い公孫瓚を厚遇、自身は行政に力を注ぎつつ、軍事面は彼に一任するようになっていきました。

 

劉虞

 

その結果、悩まされ続けていた異民族による脅威が去り治安は向上、劉虞の善政もあって幽州は北方随一の勢力を有することとなります。

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの


 

公孫瓚勝利のシナリオ2 劉虞の右腕として持ち前の才能を発揮する公孫瓚!

董卓

 

2人の協力体制によって、幽州に乱世らしからぬ平穏な時が流れていた190年、董卓(とうたく)の専横に業を煮やした袁紹ら有力諸侯が、「反董卓連合軍」を立ち上げます。

 

董卓

 

危機感を募らせた董卓は、強引に洛陽(らくよう)から長安への遷都を敢行したのですが、この時劉虞は朝廷への忠誠心を明らかにするため、腹心である田疇(でんちゅう
)
を使者として派遣。

 

献帝

 

喜んだ献帝(けんてい)は朝廷にいた劉虞の子・劉和(りゅうか)を遣わし、自分を迎えに来るよう命じようとするのですが、道中で袁術(えんじゅつ)に捕えられてしまいます。

 

袁術

 

悪賢い袁術はあわよくば漁夫の利を得て、自分が皇帝の座に就こうと考えたのか、劉和を脅し父に宛て、「兵を派遣してくれれば、私も一緒に献帝を迎えに参ります。」という内容の書簡を送りつけてきたのです。

 

怒る袁術

 

さすがの劉虞も人の親、書簡に従い数千の騎兵を派遣しようとしますが、頭が切れ信頼を置く公孫瓚に、「これは袁術による朝廷への叛心の表れです!」

と諫められ、思いとどまることを決意します。

 

そのうえで公孫瓚は、当時実力者であった袁術に余計な恨みを持たせないよう、自身のいとこである公孫越(こうそんえつ
)
を派遣したのです。


  

 

 

公孫瓚勝利のシナリオ3 烏丸と鮮卑を懐柔・袁紹を壊滅!

袁術

 

袁術との関係悪化を防ぐため、半ば人質のような形で派遣された公孫越でしたが、公孫瓚と劉虞が意図せぬ展開で、戦乱の火種になってしまいます。

 

袁術と孫堅

 

当時袁術は、袁紹と激しく争っていたのですが袁術の指示で孫堅とともに、袁紹陣営の周昂を攻撃していた公孫越が、戦いのさなか流れ矢に当たり、なんと戦死してしまったのです。

 

公孫サン(公孫瓚)

 

知らせを聞いた公孫瓚は言葉を失い、「袁紹が殺したようなものだ」と怒りに震えました。おそらく、自らの親族を差し出してくれた公孫瓚に強い恩義を感じていたのでしょう、傍らにいた劉虞も崩れ落ちる彼の肩を抱き、「ともに袁紹を攻め滅ぼしてくれよう!」と、穏健な彼にしては珍しく強くこぶしをふるわせ、袁紹との対決を決意。

 

公孫サン(公孫瓚)

 

かくして、烏丸(うがん)匈奴(きょうど
)
らの優れた騎射技術をマスターした5万の公孫瓚軍は、決戦の地「界橋(かいきょう)」で袁紹軍1万5千と激突しました。

 

戦争をせずに宴会ばかりしている韓馥

 

ここでいったん史実に戻りますが公孫瓚は袁紹との決戦の前に、反董卓の義兵に加わると偽り、韓馥(かんふく
)
を攻撃・撃破するという愚行をやらかしています。

 

被害妄想で怯える韓馥

 

そして、韓馥(かんふく
)
を見限り袁紹配下となった麹義(きくぎ)が習得していた、強弩による羌族(きょうぞく)得意の「対騎兵戦法」によって、公孫瓚軍は歴史的大敗を喫するのです。

しかし、人徳者である劉虞が義兵参加を偽るなんて愚行を止めないわけがないため、「if界橋の戦い(かいきょうのたたかい)」に、麹義(きくぎ)の姿は存在しません。

 

袁紹

 

こうなるといかに勇猛果敢な将軍や、知略に優れた軍師を抱えているとはいえ、元々戦力に劣り歩兵中心である袁紹軍が、辺境で異民族との戦いに明け暮れてきた、公孫瓚の「白馬騎兵軍団」に敵う訳もなく、散々に敗れた袁紹は居城・鄴へ退却を始めます。

 

烏桓族

 

激しい復讐心を抱く公孫瓚は、当然のように敗走する袁紹軍を猛追、劉虞も機動力に優れる烏丸・鮮卑の協力を得て、必要な物資をピストン輸送した結果、袁紹は居城にたどり着くことなく、捕縛されてしまいました。

 

「越の仇だ!」「殺せ!」と怨嗟の声が飛び交う中、もっとも恨みを抱いていた公孫瓚は、威厳ある声でこう言います、「われらの主君は劉虞殿、こやつの処遇は劉虞殿に任す」と。

 

こうして幽州に連行された袁紹は、かの地の繁栄と劉虞の皇族らしい威風に触れ、従属を申し出て忠誠を誓うと劉虞に許され、以後劉虞を支える存在となったのです。

 

三国志ライター酒仙タヌキの独り言

酒仙タヌキ 三国志ライター free

 

はじ三読者なら名誉欲や支配欲が強く、支離滅裂な行動ばかりしていた公孫瓚は、三国きってのクズ武将であり、今回のif展開にムリがあると感じるかも知れません。

 

三国志大学で勉強する公孫サン(公孫瓚)

 

しかし、公孫瓚が劉備に勝るとも劣らない「天下の大徳」劉虞へ嫉妬心を抱かなければ、少なくとも史実のような情けない最期を迎えることは、まずなかったと考えています。

 

 

しかも、劉虞は中山王・劉勝(りゅうしょう
)
の末裔と「自称」する劉備(りゅうび)と異なり、初代皇帝「光武帝(こうぶてい)」の血を引く正真正銘の皇族で、帝位に就く可能性があったことから、忠義を尽くしていれば公孫瓚も三公や大将軍の座が十分狙えたのになぁと、彼の隠れファンである筆者は悔やまれてなりません。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:公孫瓚は朝鮮を支配した公孫度と仲が良かったの?

関連記事:公孫瓚は異民族に特別厳しかったのか?

 

【劉備の兄貴分の真実の姿を大紹介】
公孫瓚特集

 

【動画】公孫瓚が異民族対策のプロになれた理由

 

はじめての三国志はYoutubeでもわかり易さを重視した解説動画もやっています♪

解説動画が分かりやすかったらGoodボタンを!

気に入ったらチャンネル登録お願いします〜♪

 

はじ三ユーチューバー目指すってよ
はじめての三国志とYoutube

 

 

酒仙タヌキ

酒仙タヌキ

投稿者の記事一覧

小学生のころから司馬遼太郎を読み漁ってきた筋金入り、高校在学中に中国にホームステイしたころから雄大なその魅力に憑りつかれ、いまや晩酌と歴史をこよなく愛する立派な「中年歴男」に。
戦国・幕末はじめ三国志はもちろん、最近では韓流歴史ドラマにドはまり中、朝鮮王朝ロマンに浸りながら嫁タヌキの作るおつまみをつまむのが人生最高の喜び。

好きな歴史人物:

徳川慶喜、上杉鷹山、程昱、荀攸など、どっちかと言うと脇役好き。

何か一言:

歴史はそのまま政治・経済学であり、そして何より人生を豊かにしてくれる「哲学」と考えています。

関連記事

  1. 2つの持論を展開する費禕 呉が蜀を作った!費禕が蜀の宰相になれたのは孫権のおかげだった?
  2. 虎形棺座 虎形棺座とは何で作られたの?上坊1号墓から出土した虎形棺座を解説…
  3. 三国志の英雄(魏 呉 蜀) 中国だけじゃない? 世界の三国時代・古代琉球・朝鮮半島・ブリテン…
  4. 三国時代の船 楼船 三国時代の船はどうなっていたの?三国志の海戦は目的別に船が用いら…
  5. 法正が亡くなり悲しむ劉備 法正の病死直前までの働きぶりがブラックすぎる件を考察
  6. 病気がちな孔明 諸葛亮が三人目の後継者候補を言わなかったのはなぜ?
  7. 三国志時代の笑い話は腹がよじれるほどシュールだった!?
  8. 関羽を捕縛する馬忠 荊州の統治は難しかった?蜀の荊州対策を関羽の性格から考察!

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 董卓
  2. 卑弥呼
  3. 陸遜
  4. 袁術
  5. 孔明と司馬懿

おすすめ記事

  1. 関羽、曹操に取りあいをされた人妻 杜夫人 杜夫人
  2. 司馬懿の生い立ちと家系の謎に迫る!司馬懿が生まれた時代背景まで解説 年を取った司馬懿
  3. 劉琮とはどんな人?なぜ曹操と戦わず降伏したの? 曹操に降伏する劉琮
  4. 袁術が天下を獲るためにみんなで考えよう【第4回】 紀霊(ゆるキャラ)
  5. 周瑜は孫策よりも名門で君主になってもおかしくなかった 周瑜はナルシスト
  6. キングダム最新602話ネタバレ「李牧の陣形」レビュー キングダム54巻amazon

三國志雑学

  1. 亡くなる孫堅
  2. 皇帝になることを決意する孫権
  3. 呂蒙が病気になり心配する孫権
  4. 郭嘉


“はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 皇帝に就任した曹丕
  2. 梁興と馬騰
  3. 武田信玄
  4. 豊臣秀吉 戦国時代
  5. 曹休
  6. 孟獲キャッチコピー
  7. 宦官を一掃することを決意する何進

おすすめ記事

宋代の公務員試験である科挙 科挙問題文を紹介!あなたには解ける? 袁紹と曹操 【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの? kawauso編集長、おとぼけさん、コーノさん、廉さん kawauso編集長のぼやきVol.11「食いあわせ」 呉夫人 小覇王・孫策のお母さん「呉夫人」は偉大すぎた 朱然 朱然(しゅぜん)ってどんな人?名将亡き後、呉の重鎮として孫家を支え続けた将軍 司馬懿対孔明 司馬懿仲達はどんな人?諸葛亮孔明と戦略勝負を繰り広げた西晋の高祖宣帝 キングダムネタバレ568話「絶望の崖を飛び越えろ」レビュー解説 91話:張飛の大手柄 蜀将の厳顔を味方にする

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志PR募集陸遜"
PAGE TOP