ログイン | 無料ユーザー登録


キングダム
三国志の死因


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

孫堅が洛陽で拾った玉璽の話は呉による捏造だった!?

玉璽を見つけた孫堅


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

呉の孫堅

 

孫堅(そんけん)は呉(222年~280年)の初代皇帝である孫権(そんけん)の父です。黄巾の乱・董卓(とうたく)討伐に参加して活躍しますが、37歳の若さで戦死したので三国時代(220年~280年)の到来を見ることが果たせませんでした。

 

玉璽を見つけた孫堅

 

さて、孫堅は洛陽駐屯中に井戸の中から皇帝の玉璽(ぎょくじ
)
を発見します。この話は小説『三国志演義』でも有名ですが、本当の話なのでしょうか?

今回は孫堅の玉璽の話を解説します。

 

自称・皇帝
当記事は、
「孫堅 洛陽」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:古代中国の玉器と印鑑の使用用途は?宋代にも玉璽はあった?

関連記事:鼎(かなえ)って何?玉璽の前の権力のシンボルを紹介!!

 


 

洛陽までの進軍

孫堅、孫賁

 

初平元年(190年)に諸侯は朝廷を牛耳っている董卓を討伐するために義勇軍を立ち上げました。孫堅も挙兵して洛陽まで進軍!孫堅は途中でかつて、自分に対して無礼な態度をとった荊州刺史の王叡(おうえい)董卓討伐に非協力的な南陽太守の張咨を討ちます。

 

海賊を討伐する孫堅

 

袁術(えんじゅつ)と合流して兵の調練を行うと再び洛陽まで出発!途中で董卓軍から攻撃を受けて苦戦しますが、陽人の戦いでは董卓軍の華雄(かゆう)を打ち取りました。功績を挙げた孫堅ですが、部下からの讒言を受けた袁術が急に兵糧提供を拒否。

 

袁術、孫堅(犬)

 

怒った孫堅は袁術に面会すると、「私がわが身を投げだして顧みないのは、国のためであり、袁術殿の家の仇討ちでもあります。私は董卓に個人的怨恨は無いのに、袁術殿はつまらない言葉で私を疑うのですか?」と注意します。

 

袁術

 

袁術の叔父の袁隗は董卓により殺されていました。孫堅は他人のために戦ってあげていたのです。さすがの袁術も自分のミスに気付いたらしく、反省して兵糧を送りなおします。

 


 

洛陽における玉璽の発見

歴代皇帝の墓を暴こうとする韓遂の兵士

 

こうして洛陽に入城した孫堅ですが、残念なことに董卓はすでに献帝を連れて長安に逃げたあとでした。董卓は逃げる時に歴代の皇帝の墓を暴いて財宝を略奪しており、墓はボロボロになっています。

 

孫堅

 

そこで孫堅は軍を洛陽に駐屯させると皇帝の墓の修復を行いました。現在で例えるなら復興ボランティアです。荒廃した洛陽の光景に孫堅は涙を流したと言われています。さて、孫堅は駐屯していた近くの井戸から不思議なものを見つけました。

 

朝になると五色の気が井戸から立ち上ると噂になったのです。おそらく朝日の光が井戸の水に反射したのだと思いますけど・・・・・・

 

噂を聞いた孫堅は早速、井戸を捜索したところ奇妙な印鑑を見つけました。龍の飾りを施した黄金製の印鑑であり、「受命于天 既寿永昌」の8字が刻まれていました。どうやら上記の印鑑は、かつて袁紹宦官大虐殺を行った時に紛失した皇帝の玉璽だったようです。

 

孫堅は玉璽を持ち帰ってしまいました。

 


玉璽の話は孫呉政権による偽作!?

裴松之(歴史作家)

 

孫堅が玉璽を拾った話は『三国志』に注を付けた裴松之(はいしょうし)が史料として採用した『呉書』という書物に記載されています。『呉書』は呉の最後の皇帝である孫晧に仕えた韋昭が執筆したものであり、名前の通り呉の歴史書です。

 

孫晧(孫皓)

 

残念ながら韋昭(いしょう
)
孫晧(そんこう
)
に処刑されたので未完の書物となりました。

さて、『呉書』の玉璽の真偽について実際はどうなのでしょうか?

 

晋蜀の産まれ 陳寿

 

正史『三国志』本文にこの話は登場しないので、陳寿(ちんじゅ)は信用していないのは間違いありません。また、注を付けた裴松之もこの話を全く信用していません。なぜなら、孫堅の玉璽を拾った行動が今まで後漢(25年~220年)に忠義を誓っていた理念に反するからです。

 

韋昭(いしょう)

 

それでは、なぜ韋昭はこのような信用し難い話を記したのでしょうか?

おそらく『呉書』に孫堅の玉璽の話を記すことによって、黄巾の乱以降の混乱を沈めて後漢を継ぐ王朝は呉と決まっている、と箔を付けたかったのです。

 

正史三国志・呉書を作り上げる韋昭(いしょう)

 

つまり、玉璽の話は韋昭によって・・・・・・というよりも彼が仕えた呉によって創造された架空の物語でした!

 

三国志ライター 晃の独り言

三国志ライター 晃

 

孫堅が玉璽を見つけた→各地の軍閥を平定→呉の天下統一。

 

このように最初から流れが分かっており、民衆受けしそうな歴史観を「予定調和歴史観」と呼びます。韋昭が『呉書』を執筆した目的は、呉の天下統一と正統性からと判明しています。ただし、歴史書としては問題点があり、好みで列伝を作っていました。

 

歴史書としては偏りがあります・・・・・・

 

晋の陳寿

 

そのため、陳寿は呉の歴史書を執筆する時に『呉書』のみに頼らず、他の史料も使用していました。ところで記事も終わったので、本当のことを話しましょう。

 

筆者はこの記事を書き終える2日前まで、孫堅の玉璽話を実話と信じていました。

調べたらウソと分かったので、ショックでしたけど・・・・・・

 

ロマンがあっていいのですけど(笑)

 

※参考文献

 

・満田剛「韋昭『呉書』について」(『創価大学人文論集』16 2004年)

 

はじめての三国志では、コメント欄を解放しています。

三国志(220年~280年)・宋代(960年~1279年)・水滸伝に興味がある読者の皆様は、何か一言や疑問を残していただけると嬉しいです。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:孫策の最強の武器なんと・・・・言葉とハンコ(玉璽)

関連記事:洛陽から発見された玉璽は本当に価値があったの?

 

【古今東西の英雄の「最期」は千差万別】
英雄の死因

 

晃(あきら)

晃(あきら)

投稿者の記事一覧

横山光輝の『三国志』を読んで中国史にはまり、大学では三国志を研究するはずだったのになぜか宋代(北宋・南宋)というマニアックな時代に手を染めて、好きになってしまった男です。悪人と呼ばれる政治家は大好きです。
        
好きな歴史人物:

秦檜(しんかい)、韓侂冑(かんたくちゅう)、
史弥遠(しびえん)、賈似道(かじどう)

※南宋の専権宰相と呼ばれた4人です。

何か一言:

なるべく面白い記事を書くように頑張ります。

関連記事

  1. 劉備 【夷陵の戦い】なぜ劉備は陸遜にフルボッコされたの?大敗北を考察
  2. 奮闘する黄蓋 黄蓋は苦肉の策だけではない!レッドクリフでも大活躍した黄蓋の逸話…
  3. 袁家をイジメる董卓 もしも呂布が悪人・董卓を成敗しなかったら三国志はどうなる?
  4. 三国志や古代中国史を科学的視点から丸裸にする良記事まとめ7選
  5. 異議ありと叫ぶ司馬懿 太傅・司馬懿と曹爽の権力抗争「正始の政変」とは具体的にどんな争い…
  6. 蒯越(カイ越) 蒯越(かい越)とはどんな人?天下三分の計を初めて提唱した蒯通の子…
  7. 趙達(ちょうたつ)とはどんな人?サイババか!?三国志に現れた天才…
  8. 曹休と曹丕を可愛がる曹操 宛城の戦いに実は曹丕もいた!?嫡男が失われた戦いで生き残れた理由…

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 黄巾賊
  2. 張角と通じていた宦官
  3. 張飛のヨメ
  4. 馬良って何した人だっけ
  5. 細川ガラシャ
  6. 于吉と張角

おすすめ記事

  1. 【キングダム】桓騎(かんき)秦を亡命し樊於期と名前を変え秦王に復讐 桓騎
  2. 陶謙はどうして劉備を後継者にしたの?三国志の素朴な疑問に答える
  3. 曹叡(そうえい)とはどんな人?曹丕の息子で二代目魏の皇帝 曹叡
  4. キングダムネタバレ570話「バジオウ死す」レビュー解説
  5. 【濡須口の戦い功労者列伝】濡須塢を築き二度も曹操軍を撃退、呂蒙 呂蒙
  6. 梁山泊とはどんな所?水滸伝の初代首領の王倫とは誰!? 梁山泊

三國志雑学

  1. 南蛮
  2. 魏の曹操孟徳
  3. 二刀流の劉備
  4. 関羽を捕縛する馬忠
  5. 袁術


“はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. お酒が強い篤姫
  2. 三国志 歴史
  3. おんな城主 直虎
  4. コーノヒロさん(はじめての三国志ライター)
  5. 顎のちからが凄い関羽が乗るカバ(赤兎馬)
  6. 司馬懿

おすすめ記事

チャーチル 諸葛亮とイギリスの挙国一致内閣の人チャーチルとの共通点 劉備にアドバイスをする法正 【意外な事実】劉備は孔明よりも法正を用いてた kawauso編集長のぼやきVol.12「三国志演義は凄い」 曹髦 曹髦(そうぼう)とはどんな人?曹植に匹敵する才能を持ち、曹操に見劣りしない武略を持っていた為に、殺害されてしまった皇帝 魏延からの提案を却下する孔明 【北伐】幻の「長安挟撃作戦」魏延はすでに演習済みだった? 周瑜 美男子 周瑜公瑾の輝かしい功績 蜀の劉琦 【劉琦から学ぶ】諸葛亮へした一生のお願いとは? 蜀の馬超 馬超(ばちょう)蜀に入った時にはピークを過ぎていた?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志コメント機能"
PAGE TOP