『利家とまつ~加賀百万石物語』とはどんな内容?天下人と身近に接した前田利家


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利家とまつ amazon

 

大河ドラマ「利家とまつ」について解説します。2002年に放映されたこのドラマは、いわゆるトレンディドラマ俳優を多数抜擢したことで話題になりました。そんな物語の主人公「前田利家(まえだ としいえ
)
」とその妻「まつ」の生涯を紹介した内容を、配役らと共に確認します。(なお本文中に登場する役者は敬称略)


2002年のNHK大河ドラマは加賀百万石がテーマ

 

 

利家とまつ~加賀百万石物語〜は、2002年のNHK大河ドラマで、1月6日から12月15日までの間に放送された作品です。大河ドラマとしては41作目。内容は江戸時代に加賀百万石と言われた加賀藩の祖・前田利家(まえだとしいえ)とその妻・まつの物語です。主演の利家役は唐沢寿明からさわとしあき)、まつ役を松嶋菜々子(まつしまななこ)により演じられました。

 

作品としては利家とまつのふたりが出会って結婚し、やがて戦国大名として信長、秀吉の時代を生き抜き、最終的に家康から加賀藩110万石(加賀・越中・能登の3国)を拝領した人物として描かれています。そしてこのドラマは今までの大河ドラマと少し趣が異なったのがその配役。当時民放で視聴率が取れるトレンディドラマで活躍した若手俳優を数多く採用した点が大きな特徴です。唐沢・松嶋もそんな俳優のひとりでした。


利家とまつに登場する織田信長は反町隆史

 

さらに松嶋のリアルでの夫で、入籍直後でもあった反町隆史(そりまちたかし)も、織田信長(おだのぶなが)役で登場するなど話題沸騰。ビデオリサーチ社が調べたところ、平均視聴率が22.1%、最高視聴率が27.6%を記録しました。そして地元石川県では40.5%と驚異的な平均視聴率。地元で愛されたドラマであることがうかがえます。


若いころの前田利家は槍の又左衞門

前田利家

 

利家は、前田利春(まえだとしはる)(ドラマ上では菅原文太(すがわらぶんた)演じる利昌(としまさ))の四男として1529(天文7)年に尾張の荒子村(名古屋市中村区荒子)に生まれました。幼名は犬千代(いぬちよ)と言います。父・利春は織田家筆頭家老の林氏に仕えていました。利家が14歳になると信長の小姓となります。当時の利家は短気で喧嘩早い若者。「かぶき者」と呼ばれる派手な格好を好みました。

 

無断参戦して手柄を立てる前田利家

 

元服して前田又左衞門利家と名乗ります。初陣から首級をひとつあげる功績をあげました。また槍を駆使して闘ったことから「槍の又左衞門」との異名を持ちます。この功績は目を見張るものがありました。それは敵に矢で右目下を追い抜かれながらも、逆に打ち取っています。その甲斐あって信長からは親衛隊的な直属部隊「赤母衣衆(あかほろしゅう)」筆頭に抜擢されました。さらに100貫の加増をうけるなど、確実に出世して行きます。そしてそのころに「まつ」と結婚しました。


茶坊主で信長の寵愛を受けた拾阿弥との関係性

 

ところがそんな矢先に事件が起きます。茶坊主で信長の寵愛を受けた拾阿弥(じゅうあみ)(ドラマでは出光秀一郎(いでみつしゅういちろう)が演じる)。彼は信長の威を借る狐のような存在で、配下の武将に横柄な態度を取りつづけました。利家に対しても、まつの実父の形見とされた「佩刀の笄(こうがい)」を盗んだり、侮辱を重ねたりします。ついにたまりかねた利家が、信長の面前で拾阿弥を殺害。

ちょっとしたことでブチ切れる織田信長

 

激怒した信長により出仕を禁じられてしまいます。

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