忠臣か?悪臣か?最期が評価を分けた武将・審配

2020年9月25日


 

審配(しんぱい)

 

三国志の武将たちは、後世でその評価が覆されることも多く、価値観や時代の流れで再評価されたりしなかったりというのが面白いところです。しかしそんな中でも、特に面白い、数奇な人生をおくった武将である心配……じゃなかった、袁紹(えんしょう)軍で色々と有名な審配(しんぱい
)
をご紹介しましょう。

 

見終わった際にはどんな評価をしたいか、そんな感想を聞きたくなる武将ですので知らない方はこの機会にぜひ審配について知ってみて下さいね。

 

郭図や逢紀とセットです!

逢紀

 

さて審配は袁紹(えんしょう)が生存している頃は、良く郭図(かくと
)
逢紀(ほうき
)
と一緒に出てくることが多いですね。もうこの瞬間からちょっと嫌な予感がしてくる武将ですが、大体その予感は当たりです。

 

袁紹に告げ口をする逢紀

 

逢紀とは一緒に軍務を管理する間柄だった審配は、官渡(かんと)の戦いで田豊(でんほう
)
沮授そじゅ
)
の出した持久戦作戦を無視。短期決戦に踏み切った審配でしたが、許攸(きょゆう
)
の家族を逮捕したことで許攸の裏切りを招いてしまいます。

 

後継者を決めずにダラダラする袁紹

 

とは言えこれ自体は許攸が袁紹に策を聞き入れられないと普段から不満に思っており、そこで法を犯した身内を逮捕されたことで離れることになっただけなので、あくまできっかけであってそこまで審配は悪くはありません。

 

めっちゃ嫌われとるやんけ

悪の正義バットマン風 曹操

 

しかし曹操(そうそう)に子供を捕らえられてしまったのが運の尽き。

 

「審配は捕まった子供が心配だから裏切る(とても意訳)」と各所から言われてしまった審配、郭図や辛評(しんぴょう
)
がそれに同調して大ピンチになってしまいます。

 

炎上する城a(モブ)

 

ただし同僚の逢紀(審配がとてもきらい)から珍しく「私情と国の大事は別」と弁護され、何とか助かりました。この件で蜂起にとても感謝した審配、しかしやっぱりその後仲が悪化してしまったようです……袁紹軍、ほんと仲がよろしくないですねぇ……。

 

袁尚擁立

袁尚と対立する袁譚

 

そして袁紹死後、審配は袁尚を擁立します。というのも辛評らが袁譚(えんたん
)
派で「袁譚が跡目になると辛評らに殺されちゃう!」という私情全開フルスロットルな様子が後漢書(ごかんじょ
)
、正史三国志両方に書かれているのがもう笑うしかないような状態。

 

後漢書(書類)

 

後漢書では「多くの人々は袁譚様を支持してたのに審配が遺命を偽造しやがった!」と書かれていますが、その後の兄弟喧嘩を見ると結構袁尚派が多くこの件に関しては微妙なところ。しかしどちらにせよ私情で袁家分裂を招いたのは審配について辛い評価をしたいところです。

 

まだまだ終わらない私情

逃亡兵の妻子(女性)に処罰を加える法律

 

ですが審配のやらかしはまだまだ終わりません。この後に袁尚の配下としてギョウに配属された審配。そしてギョウには辛評の家族がいました。なんと審配、辛評(しんぴょう
)
の家族を捕らえただけでなく、処刑まで行ってしまうのです。

 

荀彧

 

そんな心配は荀彧曰く「独りよがりで策がない」とまで言われてしまうのでした。

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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