八王の乱から漢の建国、劉淵の凄さを徹底解剖します。




 

光り輝く皇帝(夜遊びして締め出された経験あり)

何でもできちゃう光武帝

 

そう、あらゆる意味で有名な皇帝、光武帝(こうぶてい)ですね。光武帝は後漢を作った、一度滅びた漢王朝を復興させることを旗印に、そしてその旗印を見事成し遂げた皇帝です。

 

漢王朝と光武帝

 

高祖劉邦の創った漢は一度滅びました。しかし光武帝が復興しました。だからこそ人々は漢王朝が再興されるという希望を劉淵に見たのかもしれません。

 

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【光武帝の凄すぎ伝説】
光武帝

 




 

人々の希望

王莽と戦う光武帝

 

漢王朝は王莽(おうもう)によって滅び、新王朝を経て光武帝によって再興しました。

 

魏の皇帝になる曹丕

 

しかしその漢王朝はまた滅び、曹魏(そうぎ)に、そして晋王朝に禅譲されました。この王朝は八王の乱という内乱で乱れに乱れ、国力も朝廷の権力も地に落ちている時代です。人々はもしかしたら、漢王朝の時代の栄光を再び見たかったのかもしれません。

 

匈奴の劉淵

 

そしてそこに現れたのが、そんな漢王朝を再び蘇らせようとした劉淵。そう考えると思いがそちらに傾いてしまいますよね。様々な漢王朝時代の人々との繋がりを、悪く言えば利用したからこそこの劉淵の独立建国があったのです。そう考えるとこの劉淵の独立はただタイミングが良かったというだけでなく、彼の聡明さあってのことだと、晋王朝の衰退を見ていったからこそ深く感嘆した筆者なのでした。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

劉淵がどこまで計算して独立をしたかは分かりません。しかし劉淵は「光文帝」と諡号されています。そういうのも踏まえると、前漢があり、後漢があり、三国時代があり、晋があり、そして……という時代の繋がりを感じて、何だかとてもわくわくしながら沼にハマっていく筆者でした……

 

センさんが三国志沼にドボン a

 

どぼん。

 

参考文献:晋書恵帝記 列伝后妃上 列伝第二十九 載記第一

 

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コメント

  • コメント (1)

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    • 月友
    • 2021年 11月 24日

    漢もつかの間。直ぐに趙に名義変更してしまう悲しさよ。
    個人的には三代目の劉聡が面白いかな。




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