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その後、関羽「五関突破」する!
曹操は「関羽を追うな」と伝えていたはずなのですが、その指令は十分に伝わっていませんでした。関羽は最初の関所「東嶺関」で、通行を拒否され、そこを守る武将を斬り、関所を突破しました。
その後も東嶺関を含む5つの関所を通るのですが、いずれの場所でも拒否され、そのたびに関羽は周囲の人に助けられたり、己の武勇で突破することになります。
最後は曹操の親戚の「夏候惇」までも関羽を追い懸け、彼と一騎打ちをすることになります。しかし、勝負はつかず、最終的には曹操と共に関羽を見送った「張遼」に止められ、関羽は無事に劉備の場所に帰ることが出来たのでした。これが「関羽千里行」「五関突破」と言われるエピソードです。
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三国志ライターみうらの独り言
関羽と曹操の別れは正史「三国志」ではあっさりとしたものですが、小説ではかなり感動的な場面に仕上げられています。このエピソードにより、関羽の素晴らしさがより伝わるようになっていますね。自分もそのように別れを惜しまれる人物になりたいものです。
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