佞臣の裏に皇帝あり?無能皇帝とセットになりがちな佞臣を考察

2022年6月11日


 

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黄皓

 

佞臣(ねいしん)とはとても簡単にいうと悪い家臣で、特に自分の立場を利用して政治の場を都合よく動かしてしまう人を言います。こちらについて詳しい解説は別の項でやっていますので、今回はふんわりとご理解下さい。

 

今回のテーマはこの佞臣の陰には「皇帝」の存在が欠かせない、ということ。佞臣の陰には皇帝在り、これについてお話をさせて頂こうと思います。

 

 

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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後漢を滅ぼした十常侍

十常侍(宦官)

 

さて十常侍(じゅうじょうじ)で大切そうであんまりそうでもないのが人数、実は正史では12人いることはほんの少しだけ覚えておくとミニマム豆知識になります(ならないかもしれません)。

 

西洋が好きな霊帝

 

そんな彼らが後漢末期、佞臣と呼ばれるまでに専横(せんおう)を行った背景には、時の皇帝・霊帝(れいてい)による官位売買がありました。この叩き売りされた官位を購入して皇帝の傍に常に侍った宦官たち、彼らが十常侍です。

 

彼らは帝の権力を操って権力を欲しいままにし、国土は疲弊、群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の時代が来てしまうことになります。

 

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十常侍に権力を与え私利私欲にふける霊帝

霊帝

 

そんな官位売買をやってしまった霊帝ですが、良く三国志演義(さんごくしえんぎ)をベースにした読み物などでは「十常侍(とてもわるいやつら)に好き勝手される人」「お飾りの皇帝とされている可哀想な人」のように描かれることが多くあります。

 

王族ボンビーから一転セレブ09 霊帝

 

しかし霊帝自身も全くの被害者という訳ではなく、前述したように十常侍冗長の原因を作った存在であり、霊帝も宮中で酒色に溺れるなど、決してただ被害を受けただけの人物ではありません。

 

官位売買には国庫の回復という目的もあったとも言われますが、結果としてそれは民衆への搾取、疲弊からの黄巾の乱を招いたことに繋がってしまい、霊帝の行動が中国全土の混乱を招いた要因となっているのは忘れてはならないでしょう。

 

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佞臣

 

 

出師の表で孔明に非難された霊帝

孔明による出師の表

 

因みに霊帝の行動についても当時から一応色々と思われていたのか、諸葛亮(しょかつりょう)の有名な出師(すいし)(ひょう)では

 

「つまらない人間を用いて、有能な人間を遠ざけた、これこそが後漢が衰退した原因です。先帝はこれを良く話していて、後漢を衰退させた霊帝のことを嘆いていました(意訳)」という風に書かれている所を見ると、当時としても霊帝は完全な被害者ではなく、衰退の一要因の一つと考えられていたのでしょう。

 

 

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武則天

 

 

精忠岳飛と佞臣秦檜

金の兵士を泣かす強い岳飛

 

ここらでちょっと北南栄の話に移りましょう。この時代の英雄岳飛(がくひ)と、それを冤罪で死に追いやった秦檜(しんかい)です。

 

岳飛は農民出身でありながら武勇に優れ、私兵を率いて異民族である金と戦い、何度も勝利を重ねます。当時、栄は金に敗れ、皇族たちは金に連行され、唯一残った高宗が南栄を立てました。岳飛は彼の下で金と戦い、勝利を続けますが、ここで金から逃げかえってきて宰相になったのが秦檜です。

 

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北宋・南宋

 

 

岳飛を無実の罪で殺す秦檜

秦檜により冤罪で処刑される岳飛

 

秦檜、そして高宗(こうそう)は金との講和を望み、このために岳飛ら軍閥を解体処分してしまいます。岳飛はこれに反対して軍を解体しないでいましたが、高宗からの再三の要求に膝を折りました。

 

後に岳飛は秦檜から「謀反を企んでいた」として捕縛、家族と共に捕まり、拷問によって自白を強要されるもこれを受けず、絞殺されます。

 

背中に尽忠報国の入れ墨がある岳飛

 

後にこの岳飛の謀反を企んでいた証拠を、と言われた秦檜は「あったかもしれない」と答えるのみで、彼の死後に岳飛の冤罪は晴らされることになります。一方で講和を結んだと言えどかなり金よりの内容で結び、反対する者を尽く罰した秦檜は佞臣の代表格とされてしまいました。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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