陸遜の死因は物言いだった?孫権と陸遜が二宮の変に至るまでを考察

2022年8月14日


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陸遜

 

()の丞相となった陸遜(りくそん)夷陵(いりょう)の戦い、石亭(せきてい)の戦いと大きな戦で戦果を挙げ、諸将にも評価されるようになった陸遜。

 

陸遜と孫権

 

孫権(そんけん)もここで陸遜を抜擢し、更にその任に応えた陸遜をより重用するようになるのですが……ご存知、二宮(にきゅう)(へん)が両者の間に亀裂を入れます。

 

孫権に煽られて憤死する陸遜

 

告発されて哀れ陸遜は憤死、後にその疑惑は子が晴らすことになるのですが、何とも苦々しい最期です。今回はこの陸遜と孫権の確執に付いて、色々と考えてみたいと思います。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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呉滅亡の全ての始まり?

孫策が亡くなり呉を継ぐ若き孫権

 

二宮の変、これこそ晩年の呉の、そして孫権の生涯に陰を落としてしまう事件です。そもそもの始まりは孫権の長子、孫登(そんとう)が早逝してしまったことが発端でした。

 

孫和

 

孫登は孫権に王夫人(おうふじん)の子である孫和(そんか)を次の太子にするように遺言し、亡くなります。孫権はこの意に沿い、孫和を太子に立てるのですが……。

 

孫権の後継者になりたい孫覇

 

同年に孫和の異母弟、孫覇(そんは)(ろおう)に立て始めた頃から段々と軋轢(あつれき)が起こり始めます。

 

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二宮の変

孫権に気に入られる孫覇

 

孫権は孫和と孫覇を同様に遇し、皇太子である孫和と孫覇は同じ宮殿で生活していたと言います。皇太子とその異母弟を同様に扱う、という孫権の行為は臣下から批判を受け、それなら……と孫権は新しく宮を立て、二人を別々に住まわせました。

 

孫覇

 

ですがこれが返って孫覇に不満を抱かせ、兄との関係は悪化、両者の軋轢を深くしてしまったのです。そして重臣たちを巻き込んだ呉最大の後継者問題へと変化していきます。

 

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二宮の変

 

 

陸遜憤死

後継者争いを放置する孫権

 

当時、丞相となっていた陸遜はこの一件に付いて何度も孫権に上奏を行いました。しかし陸遜の言葉は届かず、逆に孫覇派によって孫和派だった陸遜は讒言(ざんげん)を受け、孫権から厳しい詰問を受ける事態に陥ります。

 

責められる陸遜

 

当時、この孫覇派による讒言で孫和派の人物が処刑、左遷された中には陸遜の甥にあたる人物もいました。これらの事件により陸遜は憤り、病死……つまり憤死した、と言われているのです。

 

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二宮の変と陸遜の憤死を振り返る

陸遜

 

ざっくりと振り返りましたが、陸遜の二宮の変と憤死についてはこれくらいでしょうか。基本的に、孫権が陸遜を信頼せず、追い込んだ挙句に憤死させる、という事態です。

 

孫権から皇太子に任命される孫登

 

そもそも後継者問題について孫権がはっきりとしない態度を取っているからこのような事態が起こり、陸遜は巻き込まれた結果になった訳ですね。

 

……ですが、陸遜の側には何ら落ち度はなかったのか?

という部分を今回はちょっと考えてみました。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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