盧植は賄賂を断り名将軍になり損ねた!清廉ゆえの「天気雨人生」を解説

2022年9月11日


 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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黄巾討伐で大活躍する盧植将軍

黄巾賊

 

そして来たる184年。黄巾の乱が起こります。

 

李典と于禁、黄巾賊

 

北中郎将(ほくちゅうろうしょう)に任命された盧植は兵を集め、張角(ちょうかく)の討伐に向かいます。結果は連戦連勝!幾万もの敵兵を斬り倒し、張角を敗走にまで追い込みました。

 

それでも手を緩めず、包囲網を敷いて……いた所に、ある人物がやってきます。その名前は左豊(さほう)。霊帝によって遣わされた宦官、軍の監察官でした。

 

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ここで左豊は盧植先生に賄賂を要求します。つまり良い報告をして欲しかったら賄賂を渡せってことです。何たるアッカン!ヒレツ!おめーさては楊松(ようしょう)だな!(左豊です)

 

盧植先生はこれを拒絶、しかしこれを腹立たしく思った左豊は霊帝に「盧植は戦おうとしません!」と嘘の報告をしたから大変!

 

盧植

 

霊帝はこの讒言を信じ込んで盧植を罪人として官職を剥奪、死刑を命じたのです。何たること!こいつあガッデムだ!やってやろうぜ劉備のアニキ!

 

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皇甫嵩のお陰で黄巾の乱は鎮圧できたが…ヒヤリ

憤死する麋竺(モブ)

 

そんなこんなしたために黄巾の乱で、有能な総大将を失ってしまった討伐軍は中々大変なことになってしまいました。

 

黄巾賊を撃破する皇甫嵩

 

ここでもう一人の後漢の名将・皇甫嵩(こうほすう)が平定した(更に相手の総大将がナイスタイミングで死亡)したから良いものの、これは霊帝の大きな判断ミスと言って良いでしょう。またその皇甫嵩が盧植の功績を大いに称えたので、盧植先生は何とか死罪は免れて復帰することになります。

 

十常侍(宦官)

 

因みに宦官たちへの募る怨恨はあったのか、何進(かしん)が暗殺された時には参加し、逃げる宦官たちの前に(まさかり)を持って対峙しました。

 

董卓

 

その後も董卓(とうたく)の暴虐に一人屈することなく意見を述べたりもしましたが、免職され、都から離れることに。

 

盧植とはどんな人?07 盧植、袁紹

 

袁紹(えんしょう)に軍師として迎え入れられるも、192年に病死したとあります。

 

ポイント解説をするセン様

 

後漢末期の時代が激動の時代なので、盧植先生も中々にハードな人生を送っていますね。ただ残念なのが賄賂で失脚したために、乱の鎮圧が遅れたこと。

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

もちろん左豊も憎らしいですが、同時にそれを許す基盤を作っている霊帝、そして……もうちょっとだけ盧植先生が柔軟なやり取りができたら。なんて、ほんの少しだけ思ってしまう、筆者でした。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

因みに袁家は後に曹操が討伐吸収してしまいますが、この時に曹操は盧植先生の故郷を通ります。曹操は盧植の功績を称え、子供たちは官職に付けられたそうです。

 

霊帝に罰するよう進言する皇甫嵩

 

皇甫嵩もそうですが、後漢末期の時代は決して最初から最期までダメということはなく、優秀な人材も多くいたんですよね。でも霊帝は彼らを使いこなせなかった。更に言うと途中で死んだので、献帝に「後漢最後の皇帝」までやらせてしまったんですよね……死期は仕方ないかもしれませんが。

 

うーん、何とも苦々しい気持ちになる、筆者でした。

 

センさんのとぷんver1

 

ちゃぽーん。

 

参考文献:後漢書盧植伝 蜀書先主伝

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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