【リアルチート】光武帝・劉秀(りゅうしゅう)ってどんな人?優れた政策と逸話 Part.3




光武帝劉秀part1 01 劉秀、陰麗華

 

全三回でお送りしてきた光武帝・劉秀(りゅうしゅう)のお話もこれで最後です。

今回は後漢王朝の礎を築いた光武帝・劉秀の政策と彼の逸話をご紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

前回記事:後漢の始祖・光武帝劉秀(りゅうしゅう)ってどんな人?青年期は貧しいが性根の優しい人物Part.1

前回記事:後漢の始祖・光武帝劉秀(りゅうしゅう)ってどんな人?苦難に耐えて皇帝になる Part.2

 

 

光武帝・劉秀が行った優れた政策

光武帝

 

劉秀は天下を統一した後、数々の優れた政策をおこないます。

劉秀が天下を統一した時、中国の民は激減しておりました。

そこで彼が初めに行ったことは、人口を増加させるため、

奴婢(男女の奴隷。当時奴隷は民の人数に入りませんでした)を解放させる政策を行います。

 

 

奴婢(ぬひ)を解放し中国の民を増加させる

光武帝劉秀part1 02 劉秀、陰麗華

 

劉秀は奴婢(ぬひ)を解放させる事で、激減した中国の民を増加させさせることに成功します。

また奴婢を解放して民の数を増加させるとともに「この世界で人が一番尊い」

から始まる詔(みことのり)を発し、

普通の民と奴婢を法の上で平等にする政策を発令します。

劉秀は続いて兵士となっていた民を大部分帰農させて、

農業の生産性向上を図る屯田を実施します。

 

最強の戦略教科書『はじめての孫子の兵法』
はじめての孫子の兵法

 

屯田(とんでん)ってなに?

屯田(とんでん)ってなに?

 

屯田ってなんぞやと思う人が多数いると思います。

簡単に説明しますと、平和な時は田畑を開拓させ、

緊急事態になった時に兵士として招集する制度です。

この政策を実施する事で、反乱で荒れていた田畑を開拓し、

農業の生産性は年々増加することになりました。

また王莽(おうもう)の時代に税の取り立てが厳しく、民衆は荒んでおりました。

そこで民衆の人心を安定させるため、

税率を引き下げて民衆の人心を安定させます。

 

【次のページに続きます】

 

 

次のページへ >

1

2>

関連記事

  1. はじめての三国志 画像準備中
  2. 鄧禹と光武帝
  3. 司馬遷(しばせん)
  4. 王郎
  5. 簒奪する王莽

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。


はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

3冊同時発売

“脱税の歴史

“三国志人物事典"

“ながら三国志音声コンテンツ"

ASMR

PAGE TOP