キングダム
官渡の戦い




はじめての三国志

menu

はじめての呉

甘寧の子孫はその後どうなったの?呂蒙の地位にも劣らぬ大出世した子孫たち

甘寧と凌統




甘寧と凌統04

 

孫権(そんけん)の最終兵器として、黄祖(こうそ)討伐、赤壁の戦い

南郡攻略、濡須(じゅす)口の戦い、合肥の戦いと最晩年まで

最前線で命知らずの働きをした甘寧興覇(かんねい・こうは)

その活躍の割に、呂蒙(りょもう)周瑜(しゅうゆ)凌統(りょうとう)

寄せられた信頼程には孫権に信任されず西暦215年~219年前後に

六十代後半で死去した彼ですが、その子孫達は、どんな人生を送ったのでしょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:悲惨!呉のエクスペンダブルズ甘寧のストレス爆発人生を振り返る

関連記事:あの甘寧が? 天下二分の計を唱えた三国志一の海賊王





父の軍を相続出来ず、罪を犯し流罪の末、病死した甘瓌

甘寧 ゆるキャラ 三国志

 

甘寧の子は甘瓌(かんかい)と言うそうですが、父の死後、

その軍勢を引き継ぐことが許されず、しかも、それからしばらくして

罪を犯し、会稽に移された後に病死しています。

 

潘璋

 

呉では大体の場合、兵は父から子へ引き継がれるのですが、

甘寧の兵は似たようなタイプ(粗暴だが強い)の潘璋(はんしょう)へ統合させられます。

果たして、甘瓌は兵を預けられないような不適格者だったのか?

罪を犯して会稽に流されるという事は、そういう事もあったのかも知れません。

甘瓌には、甘述(かんじゅつ)という子がいて、家督は彼に継がれます。

 

関連記事:潘璋(はんしょう)とはどんな人?素行や勤務態度は悪いけど呉の最強武将

関連記事:悲惨!呉のエクスペンダブルズ甘寧のストレス爆発人生を振り返る

 

 

呉の尚書だった、甘述

 

唐の時代に編纂された晋書によると、この甘寧の孫の甘述は、

呉の尚書だったとされています。

尚書は、皇帝の勅書や上奏文を扱う重要なポストで文官が就きます。

その尚書に甘寧の孫の甘述がつくとは意外な事ではあります。

 

或いは、軍権は解かれても、甘寧の一族は一応、建国の臣として

ある時点では見直され、また引き立てられたのかも知れません。

甘述が亡くなると、その子の甘昌(かんしょう)が家督を継ぎました。

 

【呉のマイナー武将列伝】
呉の武将

 

甘昌は太子太傅まで昇進した

森 s

 

甘述には、甘昌(かんしょう)という子がいて、

太子太傅という地位に上ります。

 

太子太傅は、皇太子の教育係で、その訓導を任されました。

やがて皇太子が即位すれば重んじられる重要なポストです。

そこまで昇りつめたという事は、甘昌は有能な人だったのでしょう。

甘昌が死去すると、その家督は、甘卓(かんたく)に引き継がれます。

甘寧から数えて、4代目の曾孫です。

 

呉が滅びると晋に仕え重臣になった甘卓

孫権

 

この甘卓の時代の西暦280年に呉は西晋により滅ぼされます。

甘卓は、亡国の臣として在野に下りました。

その後、丹陽郡から召しだされて、主簿や功曹の下級官を歴任した後に、

徳行を讃えられて孝廉に上げられ、さらに秀才で推挙されて、

呉王常侍となりました。

 

その後、甘卓は東海王、司馬越(しばえつ)の参謀として仕えます。

しかし、この頃には晋の政治は乱れ、華北は騒乱に陥ります。

西暦302年、仕えていた東海王、司馬越は、混乱に乗じて洛陽に入り、

4年をかけて、同じ司馬一族を追い落して権力を握っていきます。

 

甘卓は、中央の権力争いの激しさに恐ろしさを感じて、

職を辞して、比較的に安定していた江南に帰ろうとします。

 

その後、甘卓は陳敏(ちんびん)という人物と会い意気投合、甘卓の娘を

陳敏の子が娶るという親戚の間柄になります。

甘卓は、陳敏の配下になりますが、西晋の力が衰えた事を知った

陳敏は自ら楚公を名乗り独立します。

 

関連記事:このマンガがすごい!呉に光を当てた『江南行』『みんなの呉』『赤壁ストライブ』をレビューするよ

関連記事:【5分で分かる】意外と知らない孫呉滅亡のきっかけ

 

甘卓、陳敏を裏切って滅ぼし東晋の重臣になる

月 f

 

甘卓は、陳敏に従い、その武将になりますが、西暦307年、

周玘(しゅうき)という群雄が、陳敏の弟の陳昶(ちんちょう)を部下の

銭広(せんこう)に攻撃させると、陳敏は甘卓を救援に向かわせました。

周玘は、甘卓を懐柔する為に丹陽太守の顧栄(こえい)を派遣、

元々、顧栄を尊敬していた甘卓は思い悩みますが、陳昶が銭広に

殺されたと聞くと、目的が達せられない事を知り、陳敏を裏切ります。

 

そして、自身は重病に罹ったと嘘をついて、陳敏の息子に嫁いだ

娘を呼び寄せると、これで憂いなしとして周玘と結託して

陳敏を攻めて、これを滅亡させます。

 

後味の悪い話ですが、乱世ですから、負けそうだった陳敏の方が

悪いのでしょう。

 

西暦316年、司馬睿が東晋を興すと、その配下になる

 

西暦316年、西晋の都、洛陽は匈奴系の漢の劉聡(りゅうそう)の

攻撃により最期の慇帝(いんてい)が捕まり滅びました。

司馬系の王だった琅邪王の司馬睿(しばえい)は江南の人士の支持を受けて

建康(後の南京)に都を置いて即位し、東晋の元帝になります。

甘卓は、元帝に従い、前鋒都督、揚威将軍、歴陽国内史に任じられました。

 

その後、甘卓は、東晋の重臣として、南郷侯、豫章(よしょう)郡太守、

さらに西暦320年には、安南将軍、梁州刺史、仮節、督沔(べん)北諸軍となり、

襄陽に駐屯して政務を取りますが、少数民族の統治に気を使い、

善政を施して人民から感謝されたそうです。

 

あの乱暴な甘寧の曾孫が、襄陽で善政を施すとは、奇妙な因縁を感じます。

 

琅邪王氏の王敦が挙兵、東晋と王敦の間でグズグズしている間に殺される

三国志 ろうそく 写真

 

司馬睿が興した東晋は亡命政権で、自前の兵が弱いので、

主に軍閥の琅邪王氏の軍事力に頼っていました。

勢い、東晋で琅邪王氏の力は伸びていき、それを抑えようとする

司馬睿と琅邪王氏の関係は険悪になり、丞相の王導(おうどう)が遠ざけられると

ついに同族の王敦(おうとん)は武昌で挙兵して東晋に背きました。

 

王敦は、東晋の有力武将の甘卓を寝返らせようと使者を送ります。

甘卓も、このままでは東晋に勝目がない事から、渋々寝返ります。

ところが、以前に陳敏を裏切った決断はどこへやら、

甘卓は、東晋に対しても未練があり、グズグズし、

王敦にも、挙兵を思いとどまるように手紙を送りました。

 

このような事から、王敦は甘卓に疑いの念を抱きます。

案の定、説得により、東晋に寝返った甘卓ですが、今度は王敦を気にし

グズグズして、まるで軍勢を進めようとしません。

 

その間に王敦は、東晋の軍勢を破りますが、東晋を滅ぼしてまで

天下を維持する自信がなく、元帝と協力して王敦は丞相となりました。

戦争が終わったので甘卓は襄陽に帰りますが、部下は、

「執念深い王敦は必ずあなたの命を狙うので警戒を怠ってはなりません」

と進言します。

 

ところが、甘卓は、

「もう戦争は終わった、帝と王敦は和睦したのだから

私が殺される事はない」と相手にしませんでした。

 

甘卓は或いは、高齢で耄碌(もうろく)していたのかも知れません。

やがて執念深い王敦は、襄陽太守の周慮(しゅうしょ)をけしかけ、

西暦322年、甘卓は寝ている所を襲われ、首を斬られて死去します。

四男で散騎郎だった甘蕃(かんばん)等も同時に殺害されました。

 

数年後、王敦も病死した事で、消極的には東晋に忠義を立てた甘卓は

評価され驃騎(ひょうき)将軍の地位が贈られたようです。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

甘寧の死後、息子の不祥事で没落するかに見えた甘一族は、

孫の代から尚書、太子太傅と昇進、一度は呉の滅亡で、

昇進は御破算になりますが、晋末の乱世で、甘寧の曾孫である

甘卓が出て、列侯、諸軍を纏める地位になり仮節を与えられます。

その地位は、甘寧が内心嫉妬した呂蒙(りょもう)の地位にも劣らぬもので、

ひ孫の代でようやく、追いついたと言えるでしょう。

 

しかし、甘卓の最期の優柔不断ぶりは、一匹狼の曾祖父

甘寧の子孫とは思えない残念なものでしたね。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:天地を喰らうという漫画があまりにもカオス!裏三国志入門書 Part 1

関連記事:蒼天航路のココが凄い!三国志を読むならこの漫画!新たな世界観で描かれた新三国志が超絶オススメ!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 孫呉(孫権・黄蓋・陸孫・周瑜・周泰)  【素朴な疑問】呉には何で五虎将軍や五大将軍がいないの?
  2. 華歆(かきん)とはどんな人?孫呉の英雄達に仕えた文官
  3. 呉範(ごはん)とはどんな人?当たる占いをご所望なら私にお任せくだ…
  4. 日中交渉は卑弥呼と魏だけではない!?
  5. 陸遜と孫権 江東の豪族・陸遜は政治家としては優秀だったの?
  6. 諸葛瑾 諸葛瑾(しょかつきん)ってどんな人?偉大な孔明の兄はどうやって乱…
  7. 孫家三代もメロメロ、実は周瑜と双璧の名将 程普の伝説
  8. 董襲(とうしゅう)とはどんな人?孫家の仇敵・黄祖討伐戦で活躍した…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 岡田以蔵(人斬り以蔵)
  2. 弩(ど)を発射させる蜀兵士達
  3. 呂布を水攻めする曹操
  4. 董昭

おすすめ記事

  1. 【シミルボン】三国志の裏側:使い捨てられる兵士はどこからやってきたのか? 陸遜の部下の兵士
  2. ペリー来日youは何しにニッポンへ?
  3. 新人・馬超が劉備と馴れ馴れしく口をきいていた!? 五虎大将軍の馬超
  4. 【キングダム】秦の旧六大将軍と新六大将軍を大胆予想!
  5. 諸葛亮、周瑜、郭嘉…誰がお好み?ときめき軍師メモリアル 孔明 郭嘉 周瑜
  6. 張飛に怒鳴られて落馬して死んだ武将、曹丕の粋な計らい等、三国志を彩る変わった武将たち 最弱武将と対峙する張飛

三國志雑学

  1. 悪来と呼ばれた典韋
  2. 関帝廟 関羽
  3. 劉備に降伏する劉璋
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 燃える本能寺
  2. 典韋にボコボコにされる成廉
  3. 結婚を喜ぶ孫策
  4. 孔子に一番叱られたペラペラが仇になった宰我 宰我、孔子

おすすめ記事

はじめての三国志 画像準備中 張儀(ちょうぎ)とはどんな人?合従策に対抗した外交策を立て歴史に名を残した遊説家 Part.1 諸葛誕 諸葛誕(しょかつたん)ってどんな人?魏の「狗」も名声を得ていた魏の諸葛一族 【史記】には解説書が3つ三家注って何? 曹休と曹丕を可愛がる曹操 曹丕は幼い頃から父・曹操に戦へ連れて行かれてあの激戦も参加していた! 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース43記事【3/13〜3/19】 月刊はじめての三国志2018年11月号 (桃園出版 三国舎)を出版しました 袁紹は董卓のおかげで群雄として名乗りを上げることができた!? 三国志乱舞 – スクエニが贈る本格三国志RPG -とはどんなアプリゲーム?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP