北伐
袁術祭り




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【三国志 魏の歴史事件簿】一体何が起きたのか!?曹芳の時代に起きた事件に迫る!!

この記事の所要時間: 428




 

曹操(そうそう)曹丕(そうひ)曹叡(そうえい)の時代は、

はじめての三国志でも多く取り上げています。

しかし魏国後半の皇帝達である曹芳(そうほう)

曹髦(そうぼう)曹奐(そうかん)の時代を知っている方は、

私たちのサイトでも取り上げられていなく、知っている人も少ないと思います。

そこで今回は、魏国後半の皇帝の一人曹芳の時代に何が起きたのか。

時系列で超ざっくりとご紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志入門者向け】三国志の魏・呉・蜀を建国した君主っていったい誰?




景初三年(239年):曹叡の跡を継いで曹芳が皇帝に就任

 

曹芳は病で亡くなった曹叡の跡を継いで皇帝の位に就任。

曹爽(そうそう)司馬懿(しばい)曹叡の遺言によって皇帝の補佐役となり、

魏国を支えることになります。




正始二年(241年):呉軍の全面攻撃を打ち破った「芍陂の役」

 

呉は朱然(しゅぜん)、全琮(ぜんそう)らに命じて魏の領土へ攻撃を開始。

全琮率いる呉軍は王凌(おうりょう)率いる魏軍の奮戦によって撤退させます。

しかし朱然軍は全琮が撤退した後も荊州の樊城(はんじょう)を包囲。

魏の朝廷では樊城の包囲を打開する会議を開きますが、

いい案が出ませんでした。

そんな中司馬懿は「自ら軍勢を率いて呉軍を蹴散らしてくる」と会議で曹芳へ進言。

曹芳は司馬懿の発言を採用し、軍勢を与えて呉軍を蹴散らしてくるよう命令します。

朱然司馬懿が到着すると樊城の包囲を解いて撤退。

司馬懿は、朱然軍が撤退したことを知ると猛追撃をして大勝利します。

魏軍は呉軍が侵攻してきた全戦線で勝利し、

この戦いを「芍陂(しゃくひ)の役」と後に呼ぶことになります。

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

 

正始四年(243年):海の向こうのスーパーアイドルから使者がくる

 

正始四年(243年)。

この年は海の向こうのスーパーアイドル・卑弥呼(ひみこ)の使者・難升米(なしめ)が、

魏の朝廷へ献上品を届けられます。

曹芳はアイドル・卑弥呼からの献上品を見て大喜びしたとかしないとか。

 

関連記事:【3分で分かる】卑弥呼の重臣・難升米(なしめ)とは何者なの?

関連記事:【衝撃の事実】邪馬台国の重臣・難升米(なしめ)の子孫が大和朝廷の重臣だった?

 

正始五年(244年):無謀な戦い「興勢の役」

 

正始五年(244年)。

曹爽は曹芳へ蜀漢討伐を要請。

司馬懿は曹爽の提案に猛反対しますが、

曹爽の意見が多数を占めた事で、蜀漢討伐が行われることに。

曹爽は総大将となって魏の大軍を率いて蜀漢へ侵攻を開始。

しかし王平率いる蜀漢軍が魏軍に徹底抗戦を行ったため、

進軍がはかどらず停滞してしまいます。

曹爽の臣下は蜀漢軍が費禕の援軍が来た事を理由に曹爽へ撤退するべきだと進言。

曹爽は臣下の意見を聞いて、軍勢を撤退させることにします。

この蜀漢と魏の戦いは後年「興勢の役」と呼ばれます。

 

嘉平元年(249年):司馬懿と曹爽の決戦「高平陵の変」

 

司馬仲達と曹爽は皇帝・曹芳が就任した際を仲良く補佐していました。

だが曹爽は側近からの進言を受けて司馬懿を権力の座から引きずり落とします。

司馬懿は曹爽が色々と難癖をつけて権力を奪おうと知りながら、

何もしませんでした。

しかし司馬懿は表面下で息子達を使っていつでも反撃する準備をしていました。

そして嘉平元年(249年)。

曹爽は皇帝に付き従って曹叡のお墓参りへ向かいます。

 

 

司馬懿は曹爽達が皇帝に付き従って墓参りに行った事を知りクーデター決行し、

皇帝へ曹爽達を家に帰らせるよう進言。

皇帝・曹芳は司馬懿の進言を採用して、曹爽達を家に帰らせてしまいます。

こうして司馬懿が起こしたクーデター事件は皇帝から怒られることなく、

終わります。

さて曹爽や曹爽に付き従っていた側近達は全て司馬懿に処刑されることになり、

司馬懿主導の政権が誕生することになります。

司馬懿が起こしたクーデター事件を「高平陵(こうへいりょう)の政変」と

呼ばれることになります。

 

関連記事:衝撃!高平陵の変の黒幕は司馬師だった!

 

嘉平三年(251年):王凌のクーデター

 

太尉の王凌は現政権の皇帝・曹芳を皇帝の位から下ろして、

違う皇帝を就任させようと考え、クーデター計画を考えていました。

しかし司馬懿は王凌が計画していたクーデター計画を知り、

すぐさま王凌を逮捕。

司馬懿は王凌を処刑してこのクーデター計画を未然に防ぎます。

だが魏の政権を支え続けてきた功臣・司馬懿もこの年に亡くなってしまうのでした。

司馬仲達の跡を継いだのは息子の司馬師です。

 

嘉平四年(252年):諸葛恪の軍勢に大敗北「東興の戦い」

 

孫権(そんけん)が亡くなり孫亮(そんりょう)が呉の皇帝として君臨。

諸葛恪は東興(とうこう)に堤防を作り、近くに大きな城を建築します。

魏は東興近くの堤防と新しく築城された城を破壊するため、

大軍で攻撃を開始。

しかし魏は諸葛恪(しょかつかく)の奮戦によって大敗北してしまいます。

この戦いを「東興の戦い(とうこうのたたかい)」と後に呼ばれることになります。

 

関連記事:呉の諸葛恪が目指した政治は孔明のパクリだった!?

関連記事:諸葛恪(しょかつ かく)ってどんな人?|頭が良すぎて諸葛一族を滅ぼす

 

嘉平五年(253年):孫呉と蜀漢の攻撃を打ち破る!!

 

嘉平五年(253年)。

諸葛恪率いる孫呉の軍勢は合肥新城を包囲。

そして蜀漢は諸葛恪の軍勢に呼応して魏の領土へ侵攻してきます。

曹芳は司馬師に命じて孫呉と蜀漢の軍勢を防ぐように命令。

司馬師は側近からのアドバイスを聞いて、

合肥新城の守備をしている毌丘倹(かんきゅうけん)へ、

防御に徹するように命令します。

そして姜維率いる蜀漢軍には、陳泰(ちんたい)郭淮(かくわい)を援軍として派遣。

司馬師の対応によって孫呉軍は合肥新城が陥落しないと分かり、

撤退していきます。

そして姜維率いる蜀漢軍は陳泰、郭淮の援軍の到来を知って、

戦わずに撤退するのでした。

司馬師の冷静な対応によって二カ国の連動作戦を打ち破るのでした。

 

嘉平六年(254年):司馬師暗殺計画発覚そして・・・・。

 

嘉平六年(254年)。

張緝(ちょうしゅう)は魏の権力を握っている司馬師を暗殺して、

夏侯玄(かこうげん)を大将軍にする計画を練ります。

この計画は司馬師が事前に知ったため失敗に終わってしまいます。

また夏侯玄張緝ら司馬師暗殺計画に加担した人々は処刑されたり、

左遷させられてしまいます。

そして曹芳は司馬師の逆鱗に触れて、

皇帝の位から追放させられてしまうのでした。

 

関連記事:【もう一つの三国志】司馬師暗殺計画の裏側

関連記事:【英雄亡き三国志の見どころ】司馬師vs王基の壮絶な舌戦:勝利の軍配はどちらに!?

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

魏の皇帝・曹芳の時代を時系列ごとにご紹介しました。

曹芳自身は有能な皇帝ではありませんでしたが、

色々な事件が起きていたことがお分かりになったと思います。

そして大まかな事件をざっくりと時系ごとに、

知ることで三国志後半の時代をより深く知ることができたのではないのでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:毌丘倹(かんきゅうけん)とはどんな人?朝鮮半島に進出し倭も吸収合併を目論んでいた?

関連記事:【列異伝】なんと!曹丕は中国初オカルト小説の作者だった?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【血統を知ろう】劉備は前漢の初代皇帝・劉邦の末裔なの?
  2. ギャップに驚き!禰衡だけでは無かった!Mr.天然、曹植の裸踊り
  3. 荀彧だけじゃない!?王佐の才と呼ばれた漢を紹介!
  4. 史上最強の交渉術を備えた縦横家ってどんな人?
  5. 夏侯 惇(かこうとん)ってどんな人?| 曹操に最も近い男
  6. 游殷(ゆういん)が的中させた人物評価が凄かった!ズバリ言うわよ!…
  7. 【映画・関ヶ原を100倍楽しめる】司馬遼太郎の歴史小説「関ヶ原」…
  8. 韓浩(かんこう)とはどんな人?曹操が常に手元に置きたがった男…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【軍師連盟】司馬懿は簒奪をいつから狙っていたの?
  2. 【官渡の戦い前哨戦】文醜はどうして敗北することになったの?
  3. 【実録】今川義元にいじめられ続けた井伊家と松平家
  4. 133話:公孫淵の反乱と司馬懿の台頭
  5. 三国志一騎打ちの強さベスト10!一騎当千は誰だ!
  6. もし赤壁の戦いで曹操が死んだら歴史はどうなっていたの?

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第6部 【シミルボン】こいつを捕まえたら1万銭!三国志の時代にもあったWanted 赤壁の戦いは計略の宝庫 【秦の最強武将・白起】無敵の白起将軍の残念な最後 劉表(りゅうひょう)とはどんな人?肥沃な土地と膨大な兵力を保持しながら、華々しい活躍をしないで終わった荊州牧 【シミルボン】意外に現代っ子?飽きっぽく思いつき行動が多い曹操 舜水樹(しゅんすいじゅ)は実在したの?李牧の右腕は史実通りなのか? 鄧芝(とうし)ってどんな人?|敵国孫権に愛された蜀の名使者

おすすめ記事

  1. 周瑜の名言から知る三国志の世界「人生れれば死あり。修短は命なり」
  2. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース13記事【4/17〜4/24】
  3. 軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>
  4. 真田丸の関ヶ原の戦いはすぐに終わったが、どうして西軍は負けたの?
  5. 45話:象対蟻か?袁紹vs曹操
  6. 張裔(ちょうえい)とはどんな人?あぶねぇ~もう少しで呉の文官になりかけた政治家
  7. 【ビジネス三国志】陳琳や周瑜、諸葛亮孔明に学ぶ失敗学
  8. 阿部正弘と島津斉彬は本当に親友だったの?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“邪馬台国"
PAGE TOP