荀彧はどの派閥にも属さずぼっちだったの?


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荀彧

 

曹操(そうそう)の懐刀として大きく彼を助けた荀彧(じゅんいく)

荀彧は軍事、政治等で大きく曹操を助け、彼が推挙した人物は全て優秀で曹操を喜ばせます。

そんな荀彧ですが、曹操の勢力の中で派閥の中心として大きなグループを作り出しますが、

意外と一人ぼっちだったのを知っていましたか。

 

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派閥だらけの曹操の勢力

三国志のモブ

 

三国志最大の勢力を持っていた曹操。

大きな領土を保っていくためには多くの優秀な人材を用いなければなりません。

そのため曹操の部下には文官や将軍に多くの優れた人材がいっぱいいました。

曹操の部下を代表する文官の大物は

荀攸(じゅんゆう)鍾繇(しょうよう)陳羣(ちんぐん)王朗(おうろう)等数え切れないほど多くの人がいます。

将軍ですと張遼(ちょうりょう)夏侯惇(かこうとん)曹仁(そうじん)満寵(まんちょう)

こちらも綺羅星(きらほし)のごとく優秀な人で(あふ)れています。

 

優秀な人材が多いのは結構ですが、人が多くなるほど派閥が形成されていくのが世の常です。

将軍同士の派閥や文官同士の派閥、同郷出身者同士の派閥等多くの派閥が作られていくのでした。

 

そんな中、荀彧が推挙した人が中心となって、曹操の部下の中で

最大のグループを作り出されていきます。


結成!!新派閥・荀彧党!!

荀彧

 

荀彧は多彩な才能で曹操を助け、曹操は荀彧の能力を信頼します。

荀彧は己の能力をフル活動しながら曹操の勢力を万全にするため、

色々な人材を多く推挙します。

彼が推挙した人物は多く、そのほとんどが大臣クラスにまで上り詰めています。

郭嘉

 

荀彧が曹操に推挙した人材は荀攸、鍾繇、陳羣、郭嘉等

自分と同じ出身の人々を曹操の幕僚として参加させます。

荀彧は自分と同じ出身地の人々だけでなく、

自分と違う生まれの武将も多く曹操へ推挙します。

司馬懿

 

彼らはもれなく三国志の時代の名文官としてその名を歴史に刻みます。

荀彧と生まれが違う武将で荀彧の推挙を受けて曹操の幕僚となったのは

王朗(おうろう)華歆(かきん)、しばい等が代表例です。

彼らも全員魏の高官に就任し、魏の政権のために尽くします。

 

このように荀彧は多くの優秀な人を曹操へ推挙するのでした。

そして彼ら荀彧に推挙された人々は荀彧を中心にして

グループを少しづつ形成していくのでした。

名づけて荀彧党とも呼べるグループです。

 

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荀彧党の中心となっても一人ぼっちだった!?

荀彧

 

荀彧は彼が推挙した同郷の人達や同郷以外からの出身者達から頼りにされて

彼を中心として派閥が形成されていきます。

しかし荀彧は彼らの派閥の中心にいながら一人ぼっちでした。

それは一体どうしてなのでしょうか。

 

荀彧が一人ぼっちだった理由は欲を出さず公平に人と接するためだったと思います。

もし荀彧が一人ぼっちではなく、自分と同郷の派閥の人達と仲良くしていれば、

彼が推挙してきた人々を全て曹操へ推挙し、

自分達の派閥を大きくしようと試みたでしょう。

 

また正史三国志荀彧伝に荀彧の公平さを示すエピソードが残っています。

荀彧の甥っ子にあまり優秀な人物ではない人がいました。

ある人が荀彧へ「自分の甥っ子を要職につければいいじゃないですか。

あなたにはそれができる権力を持っているのですから」とアドバイスをします。

曹操に褒められる荀彧

 

すると荀彧はその人へ

「官位は人の能力を発揮させるために必要なのです。

私は甥っ子を官職に就けることは簡単ですが、

周りの人々は私の事をなんて言うでしょうか。」と優しく諭すように反対します。

 

この逸話から荀彧が身内であろうと能力の無い人物は

曹操の政権に参加させない事が分かり、

人を公平に接しようとしている事が分かると思います。

 

このように荀彧は自らの派閥を大きくしようなんて私欲はなく、

人と公平に接してその能力をしっかりと見極めるためにも

一人ぼっちで好んで居たように思えるのはレンだけでしょうか。


  

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

荀彧は蒼天航路(そうてんこうろ)でも彼と仲がいい人と一緒にじゃれあっている姿はあっても

派閥の大将として君臨している姿はほとんどありません。

また荀彧の従子・荀攸も荀彧と同じく公平な人物で、

彼と仲がいい人物でも優秀な人材じゃなきゃ曹操の部下として推挙しませんでした。

 

優れた能力を持った人は周りに人が集まってきますが、

その中心人物は得てして、馴れ合う事をしないで公平さや

人と対等な距離を保つため一人ぼっちでいることが多いのかもしれません。

 

参考文献 ちくま学芸文庫 正史三国志魏書等

 

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