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【三国志平話】小喬がイケメン孔明に生唾ごっくん

2018年9月29日


 

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小喬と大喬

 

三国志では女性の登場人物が男性に比べて圧倒的に少なく、

そのうえ美人なイメージのあるキャラクターとなると数はさらに限られてきます。

呉の小覇孫策(そんさく)に嫁いだ大喬(だいきょう)と、孫策の親友・周瑜(しゅうゆ)に嫁いだ小喬(しょうきょう)は、

三国志演義で美人姉妹として描かれており、とても印象的な登場人物ではないでしょうか。

ところが、大喬・小喬は人の会話の中には名前が登場するものの、

本人たちの生のせりふはほとんど描かれておりません。

物足りなくありませんか……?

そこで朗報! 三国志演義より前に刊行された「三国志平話(さんごくしへいわ)」には、

小喬ちゃんが生唾ゴックンする面白シーンがありますよ!

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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劉備が孫権をそそのかす

劉備が孫権をそそのかす

 

三国志平話で小喬が登場する場面は、赤壁の戦いの少し前です。

天下の主立った地域を占領した曹操(そうそう)が南方への遠征を開始した時のこと。

曹操軍に追われて根拠地を追われた劉備(りゅうび)が、呉の孫権(そんけん)と同盟して曹操に抵抗しようと企みます。

(というか自力では曹操に立ち向かえないので孫権をそそのかして曹操と戦わせようとします)

同盟の交渉にあたったのが劉備の参謀、諸葛亮(しょかつりょう)孔明(こうめい))です。

呉では、曹操の勢いはすさまじく敵対するのは得策ではないと主張する人が多く、

同盟交渉は難航します。

そのときたまたま曹操から孫権への使者がやって来て、

我々は反臣の劉備を捕らえるつもりであるから忠臣の孫権どのは劉備に味方などしないように、

劉備に味方する連中は皆殺しだ、という内容の手紙を差し出します。

 

 

 

諸葛亮が蛮勇をふるう

諸葛亮が蛮勇をふるう

 

ここで孫権の腰が引けたら劉備はおしまいだと焦った諸葛亮、

白刃を抜き放ち裾をからげて階段を駆け上り、曹操からの使者をぶった斬ってしまいました。

(三国志演義にはこんなシーンはない)

この蛮行と、さらに孫権のママからのアドバイスもあり、孫権は曹操と戦うことを決意。

周瑜を元帥に任命するために、任地の予章から呼び寄せます。

ところが周瑜は呼び出しに応じません。

なぜ来ないのかといぶかっている孫権に、諸葛亮はこう言いました。

 

「聞くところによると、喬公には大喬・小喬の二人の娘があり、大喬は公子(孫策)に嫁ぎ、

小喬は周瑜の婦人となったそうですな。小喬は年も若く、その容色は今が盛りで、

周瑜は毎日小喬をともなって歓楽にふけっているとか。

わざわざ元帥になりに来たりなどするものですか」

 

ううむ、なんたる誹謗(ひぼう)。これを聞いて、孫権は魯粛(ろしゅく)と諸葛亮を周瑜のところに派遣しました。

孫権さん……。“無礼者! 周瑜はそんなヤツじゃない!”って言ってほしかったです。

三国志演義では、呉の重臣たちの意見がまとまらないから意志決定のキーパーソンである周瑜を

動かそうと考えた諸葛亮が周瑜の家に乗り込むという流れだったのですが、

三国志平話の周瑜は色ボケみたいな書かれようで可哀相!

 

呉の武将

 

物欲、立ち聞き、悪態

物欲、立ち聞き、悪態

 

魯粛と諸葛亮を派遣したという記述のあとは、次のような文章になっています。

 

さて周郎は毎日小喬と歓楽にふけっていた。そこへある者がこう告げた。

討虜(とうりょ)(討慮将軍孫権)から使者が来られ、舟一杯の金銀珠玉や絹緞子(どんす)を太守(周瑜)に

賜るとのことです」

小喬はとても喜んだ。周瑜はこう言った。

「夫人にはその意味が分からないだろう」

 

キャア、お宝だわ! って喜んじゃう小喬、可愛いですね。

一方、周瑜はこれが孫権からの “働けやコンニャロー”というメッセージだと察して

苦虫をかみつぶしているようです。

お宝と一緒に舟に乗ってやって来たのは魯粛と諸葛亮。

諸葛亮が周瑜に来意を告げます。

 

「曹操が百万の精兵を(よう)して夏口(かこう)に駐屯し、呉・蜀を併呑しようとしております。

我が主は窮状(きゅうじょう)にあり、救援を求めております」

周瑜は黙っている。

数人の召使いや侍女が小喬を取り囲んで屏風(びょうぶ)ごしに立っている。小喬は言った。

「諸葛め、自分の主君が夏口で行き詰まって助けるすべがないもんで、

はるばる予章(よしょう)までやってきてダーリンを元帥にして戦に引っ張り出すつもりね!」

 

三国志平話は講談(こうだん)や芝居の影響を受けているそうですが、この場面は舞台っぽいですね。

舞台の真ん中で会話をしている男達。屏風をへだてた片隅で立ち聞きをしている女達。

男達は立ち聞きされているのを知りませんが、観客からは両方が丸見え。

それはさておき、本音が素直に表現された小喬の悪態(あくたい)。すがすがしいです。

 

 

イケメン孔明に生唾ごっくん

イケメン孔明に生唾ごっくん

 

小喬が立ち聞きしながら悪態をついたのに続き、次のような記述があります。

 

諸葛亮は身長九尺二寸、年は三十を出たばかり。

ほおひげは烏の羽根のように黒々として、爪の長さは三寸。

夫にひけをとらない美男子である。

 

小喬のダーリン周瑜は「美周郎(びしゅうろう)」というあだ名があるほどの美男子ですが、

諸葛亮もそれに匹敵するということですか……。

 

九尺二寸という身長は、三国志平話の中では呂布(りょふ)や関羽と同じレベルの巨漢です。

漢和辞典「漢語林」第一版改訂版に載っている歴代度量衡変遷表によれば、

身長九尺二寸は後漢の度量衡からの換算で2m12cm。巨人ですね。

諸葛亮の長身については正史三国志でも言及されていまして、身長は八尺、

先ほどの換算方法で184cmです。ま、とにかく背が高いということで……。

 

この美男子描写の中で、「爪の長さは三寸」というのが謎かと思います。

三寸は先ほどの換算方法では7cm。長っ!キモッ!

これはあれですかねぇ、儒教では親からもらったものを温存しておくのが立派なことだという

考え方とか、上流階級の人は肉体労働に従事しないから、

労働に不便な長い爪をたくわえているのはセレブのあかしとか、

そういう価値観から見た場合の美男の基準かと。

実際、近世の士大夫は爪を伸ばしております。

 

小喬ちゃん、面白いですね。

会話を立ち聞きして悪態をつきつつも、様子をのぞき込んで

“あれっ? でもなんかちょっとイケメンじゃない?”

なんて思って生唾(なまつば)ごっくんしているなんて。

とても生き生きしています。

(本文には生唾ごっくんとは明記されていませんが)

 

 

三国志ライター よかミカンの独り言

三国志ライター よかミカンの独り言

 

小喬がお宝をゲットして喜んだ場面は「小喬甚喜」と表現されています。

「はなはだ喜ぶ」は三国志平話の中でそう頻繁に出てくる語彙ではなく、

無邪気に大喜びした様子がよく表れている表現です。

 

物欲に弱かったり、立ち聞きをしたり、あけすけな言葉づかいで悪態をついたり、

客をのぞき見して「うほっ、イケメン!」と思ったり。

三国志平話の小喬は、水滸伝(すいこでん)にも登場する金瓶梅(きんぺいばい)のヒロイン潘金蓮(はんきんれん)のように

はつらつとしており、見ていて小気味よいです。

三国志平話は庶民の娯楽。

義だの徳だの貞淑(ていしゅく)だのと小うるさい士大夫目線で書かれた三国志演義にはない

味わいがあります。

 

【参考文献】

翻訳本:『三国志平話』二階堂善弘/中川諭 訳注 株式会社光栄 1999年3月5日

原文:维基文库 自由读书馆 全相平话/14 三国志评话巻上(インターネット)

 

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三国志平話

 

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よかミカン

よかミカン

三国志好きが高じて会社を辞めて中国に留学したことのある夢見がちな成人です。 個人のサイトで三国志のおバカ小説を書いております。 三国志小説『ショッケンひにほゆ』 【劉備も関羽も張飛も出てこない! 三国志 蜀の北伐最前線おバカ日記】 何か一言: 皆様にたくさん三国志を読んで頂きたいという思いから わざとうさんくさい記事ばかりを書いています。 妄想は妄想、偏見は偏見、とはっきり分かるように書くことが私の良心です。 読んで下さった方が こんなわけないだろうと思ってつい三国志を読み返してしまうような記事を書きたいです!

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