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諸葛瞻の評価は如何ほどでありますか?黄皓派だった諸葛亮の息子

2020年6月4日


 

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諸葛瞻

 

さて今回は勝手に命名した蜀滅亡シリーズ、内容はタイトル通りです。諸葛亮(しょかつ りょう
)
の息子である諸葛瞻(しょかつ せん
)
の評価に付いては、良く厳しい言葉を耳にします。これは最後の失策と、何よりも、よりにもよって、よりにもよって!

 

黄皓

 

黄皓(こう こう
)
派であったことが要因していると思われますが、その評価は果たして正しいのか?

そこで諸葛瞻の評価をもう一度見直してみたいというのが今回のメインテーマです。

 

自称・皇帝
当記事は、
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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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諸葛瞻という人物

孔明の息子たち

 

ざっくりいってしまうと諸葛亮の息子です。諸葛瞻は父親の死後、武郷侯(ぶごうこう)爵位(しゃくい
)
を継ぎました。17歳で劉禅(りゅう ぜん
)
の娘を(めと)り、様々な官職を歴任していきます。書画(しょが
)
が巧みで記憶力が良いその姿を人々は父・諸葛亮と重ねて、何か良いことがある度に「諸葛様のおかげ」と褒めそやされていました。

 

黄皓のかげ

怪しい巫女のい占いを信じる黄皓

 

さてそんな諸葛瞻ですが、黄皓(こう こう
)
派だったと言われています。この時の蜀は内部では黄晧が専横(せんおう)しており、北伐(ほくばつ)を繰り返す姜維(きょう い
)
とは対立していると言ってもいい関係にありました。

 

姜維の地位を落とす文官

 

そして諸葛瞻も黄晧側に付いて姜維を降ろすべきと考えていたと言われているのです。この事から「そもそも姜維は諸葛亮が連れてきたんだろ、味方してやれよ」と非難されることが多いですね。

 

諸葛瞻、失態す

鄧艾

 

時代は流れて263年。鄧艾(とう がい)たちが蜀へと攻め込んできます。この時に劉禅は成都(せいと)まで攻め上がる勢いの鄧艾軍に当たるようにと劉禅からの勅命(ちょくめい)を受けました。

 

進軍する兵士b(モブ用)

 

こうして諸葛瞻は出陣することになります。この際に黄権(こう けん
)
の子である黄崇(こう すう
)
は「積極的に要害を塞ぎ鄧艾を侵入させないように」と進言するのですが……諸葛瞻はこれに従いませんでした。

 

失態重なっていく

敗北し倒れている兵士達b(モブ)

 

この辺りを嚙み砕いて説明しましょう。黄崇は魏軍が来る前に要害を抑えるべき、と言いました。しかし諸葛瞻はその提案を蹴っただけでなくモタモタしてしまったので、要塞を奪われ、守備兵は鄧艾に投降。難解な道を通って疲弊していた鄧艾軍はここで拠点、兵力を立て直してしまったのです。

 

鄧艾と全面対決で敗れて亡くなる諸葛瞻

 

もはやこの時点で敵に勝てる道はなくなってしまったと言えるでしょう。最期に投降を進められた諸葛瞻は使者を切り捨て返礼とし、初戦では鄧艾を破るも反撃されて最後は戦死しました。この後、鄧艾は成都まで攻め上がります。

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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