呂布が愛した人妻って?貂蝉のモデルとなった正史三国志の侍女とは?

2020年10月6日


はじめての三国志_ページネーション

こちらは2ページ目になります。1ページ目から読む場合は、以下の緑ボタンからお願いします。

呂布が愛した人妻って?(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


【誤植・誤字脱字の報告】 バナー 誤字脱字 報告 330 x 100



【レポート・論文で引用する場合の留意事項】 はじめての三国志レポート引用について



どうして秦宜禄は袁術の元に?邪魔者の排除?

方天画戟を持つ呂布

 

それではここから杜夫人となった彼女こそが、呂布が愛した人妻ではないかと考えられる理由を一つ一つ説明していきましょう。まずは夫、秦宜禄の袁術の元での婚姻ですが、これは仕組まれたことではないかと思うのです。

 

袁術にたかる呂布

 

この際に許汜(きょし
)
らが袁術の元に救援要請に言っていますが、実は袁術と呂布はちょっと前に揉めたばかり。救援に乗り気でない袁術に呂布の娘を送るから婚姻関係を結びましょう!という条件で何とか救援要請を受諾させることとなるのですが、実際には曹操の包囲がきつくて娘を送り届けることはできませんでした。

騙し合う呂布と袁術

 

しかし袁術も「娘を送るから婚姻関係を」と言われてもその瞬間に娘が来ている訳でないし、だったら今結べる婚姻関係を……ということで秦宜禄に白羽の矢が、となったのでは?

 

袁術

 

秦宜禄の妻である杜氏は美人で有名、その妻よりも自分の進めた相手を選んだ(ということにしたい)という袁術、そして杜氏の夫である秦宜禄が邪魔である呂布によって密かな契約があったのでは……というのはどうでしょうか?

 

噂以上の美しさ

杜氏に惚れる関羽

 

そんな杜氏ですが、評判以上の美人であったことが記録に残されています。実は曹操の妻となった彼女、なんとあの関羽(かんう)にまで望まれたほどの美しさだったのです!

 

関羽が大好きすぎる曹操

 

夫と離れ下ヒに留まったままの杜氏、下ヒが陥落するとおそらく捕虜となったと思われます。この際に劉備(りゅうび)配下であった関羽、曹操に「杜氏を娶りたい」と申し出た!関羽には甘い曹操、よしよし、と了承するも、悪い癖が出たのか「そんなに美人なのか」と興味を引かれて、杜氏の姿を確かめることに。

 

貂蝉を奪い合う曹操と関羽

 

そうして美人だったと知るや否や、関羽の約束はどこへやら、しっかり自分の妻にしてしまったのでした。と、軽いノリでまとめましたが短い間に関羽も妻にしたいと思わせるような美女、そんな彼女に呂布も引かれていたのではないかと思うのです。

 

曹操にも愛された杜夫人

魏の曹操孟徳

 

そんな経緯から杜夫人となった杜氏、彼女は夫である秦宜禄との間に息子が一人いました。この息子は母親が曹操の側室になったということでそのまま曹操に養育され、曹操自身も驚くほど可愛がられ、愛されることとなりました。これもおそらく、母である杜夫人に向けた愛の深さも影響していたのでしょう。

 

塩商人だった関羽

 

という風に曹操、関羽という名だたる武将たちに愛されることとなった美貌の婦人、杜氏。そんな彼女ならば呂布が「例え他人の妻でも……」と悪癖を出した人物であると予想するに足る人であると筆者は考えたのです。

 

数奇な運命の先

曹叡

 

そんな数奇な運命を辿った杜夫人。彼女はその後、曹操との間に二男一女をもうけ、息子は曹叡(そうえい)の代まで寵愛されることとなりました。

 

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志(本)

 

正史では235年に息子、曹袞(そうこん
)
が死の床についた時に杜夫人は息子を見舞ったとあるので、おそらくその頃まで生きていたと思われます。数奇な運命をおくった彼女、己の美貌のために最初の夫と引き裂かれた可哀想な女性と見るか、それとも数多くの男たちを虜にしたファム・ファタールと見るかで印象が変わってきそうですね。

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

そんなかなり魅力的、面白い人物である杜夫人ですが、とても残念なことに三国志演義には出てきません。そこまで呂布にパートを避けなかったのか、その女性が曹操の妻になったので配慮したのかは定かではありませんが、貂蝉だけでなくこういった女性ももっと注目されて欲しいと思います。

 

彼女をサブヒロインとした短編……ちょっと面白そうだからどこかからか何かでないかな?なんて!

 

参考文献:魏書明帝紀が引く泰朗伝 魏書呂布伝が引く英雄記

 

関連記事:【呂布の娘】呂玲綺は貂蝉の娘なの?

関連記事:呂布と貂蝉に愛はあった方が良い?ない方が良い?

関連記事:呂布と貂蝉の愛を超えた!愛する人のために他国に降伏した呉三桂とは誰?

 

呂布

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
セン

セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

-三国志の雑学
-,