[解明]賈詡の天才性:世界史でも珍しい陰の支配者

2023年9月27日


賈詡

 

曹操(そうそう)軍の陣営にいる軍師の一人、賈詡(かく)

 

郭嘉

 

同じ陣営の軍師でいえば荀彧(じゅんいく)やら郭嘉(かくか)やら司馬懿(しばい)に注目が集まりがちですが、大人の読者になってくると、だんだんわかってくることがあります。すなわち「地味ながらも賈詡こそリアルな天才型軍師じゃない?」ということ!

 

賈詡

 

たしかに賈詡は、風向きを変えたり、十面埋伏の計(じゅうめんまいふくのけい)をしかけたり、死せる孔明に走らされたりはしませんが、こういう人こそ現実の政治の世界でも活躍できるタイプといえるのではないでしょうか?

 

何よりも大事なのは、よくよく考えると、三国時代の歴史そのものが賈詡の計略で、かなり動いている、ということ!

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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賈詡の生涯をよく見ると、「つまり呂布がやりきれなかった生き方」をしている!

賈詡

 

賈詡が仕えた主君は誰だったか、思い出してみましょう。

 

・キャリアは漢王朝の官僚としてスタート

・その漢王朝を乗っ取った董卓(とうたく)に仕えた

・その董卓死後の長安(ちょうあん)李傕(りかく)に仕えた

・その李傕の下を脱出し、張繍(ちょうしゅう
)
に仕えた

・張繍の軍師だった時代に、曹操(そうそう)を奇襲する策を提案。これが原因で、曹操の愛臣である典韋が死んだ

・その曹操に降伏して受け入れられ、重用された

・その曹操の死後、曹丕(そうひ)にも重用された

 

この世渡りぶり、凄くないでしょうか?

これだけ時流にあわせて主君を変えながら、仕えた主君すべてに結局は重用されているのが、まずひとつ。

 

悪来と呼ばれた典韋

 

典韋(てんい)を死に追いやっておいて、その死をあれほど嘆き悲しんでいたはずの曹操のところに、のこのこと出て行って降伏し、ちゃんと重臣として取り立てられていることが、もうひとつ。

 

曹操

 

曹操の度量の広さが凄い、という見方もできますが、それだけ賈詡は「使える」として注目されていた、ということでしょう。

 

ん?

でもこれって、よくよく考えると、呂布がやろうとしてやりきれなかった生き方じゃないですか?

 

賈詡

 

董卓に仕えながらその下を離れて、最終的には曹操軍に行きつき、そこで出世するというのは。。。

 

曹操に命乞いをする呂布と反対する劉備

 

呂布の場合は劉備にジャマされて、けっきょく曹操軍に入ることはできませんでしたが。

 

 

 



世界史上の似たタイプの有名人たちと比較してみる

賈詡と曹操と張繍

 

こういう「世渡り上手型の天才」って、世界史上にも稀に出てきますよね。

 

陳平

 

日本の藤堂高虎(とうどうたかとら
)

古代中国の陳平(ちんぺい)

フランス革命のフーシェ。

 

これらの人たちに共通するのは、主君が変わっても、移籍先で大活躍していること。それでいて、功績と比較するとキャラクターの印象が「地味」なこと。あるいはこういう人たちは、華々しい功績をあげればあげるほど、「自分がやった感」は出さないように工夫して生きているのかもしれません。

 

乱世を生き抜くには、まず無能であってはいけません。

自分は使える人材だ、ということをアピールしなければなりません。

 

陳平

 

ですがこれも乱世の常として、そういう時代に有能であるということは、汚い仕事にも手を下す、ということ。

軍師や知将として期待されている人材ならばなおさらのことです。

 

そういうところであまりにも自分を出しすぎると、他勢力の恨みや警戒心を買ってしまい、いざというときに失脚させられたり殺されたりする。

 

賈詡

 

だから、「有能だけれども、目立ちすぎない!」これが乱世を生き抜くバランス感覚のコツであり、

賈詡を始め、先ほど名前をあげたような人たちはそのセンスが抜群だったのだ、と思います。

 

 

 

その賈詡こそが、三国時代のすべてを陰で動かしていた?

賈詡

 

おもしろいのは、この賈詡が、節目節目で仕えている主君に献策した提案が、どれもすさまじいインパクトで歴史の流れを変えてしまっていること。

ある意味、賈詡は、自分の手を汚すことなく、実際には三国時代そのものを操っていたとすら言えます。

 

例をあげてみましょう。

・董卓を殺した王允と呂布を追討し、長安を乗っ取ってしまうよう李傕に提案したのは賈詡

・その李傕のもとから献帝をこっそり脱出させたのも賈詡

袁紹(えんしょう)と曹操の戦いが激しくなったとき、「勝者は曹操」と予想し、当時仕えていた張繍を曹操軍に合流させたのは賈詡

官渡の戦い(かんとのたたかい)における曹操軍勝利の一手となった烏巣(うそう)襲撃作戦を推薦したのも賈詡

 

これだけの功績がありながら、賈詡はその智謀が他人の警戒心を買うことを恐れ、仕事一筋で貫き通し、私的に誰かとつるむことをしなかった、とされています。

 

 

 

まとめ:やっぱり呂布との比較が気になるところ

賈詡

 

この慎重さをみると、彼自身も、「自分のような人間は一歩間違えればたちまち権力者によって粛清される」、ということを知り抜いていたのでしょう。

そのため、功績に見合わぬほどの地味な生き方を貫くことで、長寿をまっとうしたのだ、と思われます。

 

三国志ライター YASHIROの独り言

三国志ライター YASHIRO

 

それにしても、

比較すればするほど、「オレがオレが」と主張をし続けた呂布(りょふ)がけっきょく短命だったことと、

まるで対称的なキャラの気がするのは、私だけでしょうか、、、?

 

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とにかく小説を読むのが好き。吉川英治の三国志と、司馬遼太郎の戦国・幕末明治ものと、シュテファン・ツヴァイクの作品を読み耽っているうちに、青春を終えておりました。史実とフィクションのバランスが取れた歴史小説が一番の好みです。 好きな歴史人物: タレーラン(ナポレオンの外務大臣) 何か一言: 中国史だけでなく、広く世界史一般が好きなので、大きな世界史の流れの中での三国時代の魅力をわかりやすく、伝えていきたいと思います

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