
この記事は、2017年1月、司馬尚がまだ後ろ姿しか描かれていなかったころに書いたものです。それから9年がたち、作中の司馬尚は顔を見せ、番吾の戦いでは秦軍を大きく崩しています。
そこで中身を、いまの原作に合わせて書き直しました。司馬尚とはどんな人物で、いつ登場し、どこで何をしたのか。作中で死亡するのか、史実にはどんな記録が残っているのか。名前の読みが同じ司馬昭や、子孫と言われる司馬懿との関係も、史書に当たって確かめています。
※この記事は2026年10月時点の内容です。原作の最新話(第890話)までの展開に触れています。
この記事の目次
結論:司馬尚は青歌城の城主で、李牧とともに秦を迎え撃つ趙の三大天
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | しばしょう |
| 立場 | 趙の東にある青歌城の城主。番吾の戦いのころには、趙の三大天の一人として描かれる |
| 初登場 | 46巻 第502話。このときは後ろ姿だけ |
| 顔が描かれた回 | 71巻 第771話 |
| 主な戦い | 番吾の戦い(72〜73巻)。王翦の本陣に迫り、王翦軍第一将の亜光を討つ |
| アニメ | 6期の第7話「陥落の武器」で、オルドの燕軍を退ける場面に登場。番吾の戦いはまだアニメになっていない |
| 作中の生死 | 確認した範囲では、第890話の時点で討たれる場面はない |
| 史実 | 『史記』に李牧とともに王翦を防いだ将として名前が残る。李牧が斬られたあと、司馬尚は罷免された |
表の巻と話は、集英社の単行本の目次と、はじめての三国志の各話レビュー記事で確かめました。
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司馬尚はどんな武将?長く姿を見せなかった青歌の主
司馬尚が初めて出てくるのは、秦の鄴攻めが始まる46巻の第502話です。燕のオルドが趙の東へ攻め込み、李牧が頭に思い浮かべた人物として、後ろ姿だけが描かれました。
このとき分かったのは、扱いにくい人物だということ。三大天に推されても断り、趙の中央を嫌って、病で伏せっていると称して命令に従ってこなかった、と語られます。町内会の役員を毎年「腰が痛くて」と断り続ける人がいますが、断っている相手が国の朝廷なのですから、なかなかの度胸。
ところが、自分の城の青歌が攻められると話は別でした。47巻の第514話では、オルドの燕軍を退けて青歌へ戻る姿が描かれています。それでも顔はまだ見せません。
次に司馬尚の名前が大きく出てくるのは、鄴が落ちたあと。王に命を狙われて邯鄲を出た李牧が、身を寄せる先に選んだのが青歌でした(60巻 第647話)。邯鄲と距離のある司馬尚のもとなら安全だ、という読みです。
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司馬尚の強さ:番吾の戦いで王翦軍を崩す
初登場から顔が描かれるまで、単行本で25巻ほど。ようやく姿を見せたのは、番吾の戦いが始まる71巻の第771話でした。
| 巻・話 | 司馬尚に起きたこと |
|---|---|
| 71巻 第771話 | 番吾へ向かう趙軍の中で、初めて顔が描かれる |
| 72巻 第781話 | 李牧の策で飛信隊が王翦から引き離されたすきに、青歌軍が王翦軍の本隊を突く。田里弥の配下の蛇輪公を一撃で討つ |
| 73巻 第792話 | 王翦を守ろうと立ちはだかった亜光を討つ |
話の中身は、各話のレビュー記事によります。
番吾での司馬尚の怖さは、だれにも気づかれないうちに敵将の前に現れるところ。蛇輪公の前にいきなり姿を見せた場面は、読者のあいだで「ワープ」と呼ばれました。気づいたときには目の前にいる、というのは、戦場でいちばん会いたくない相手です。
番吾の戦いは、王翦が退却を決めて秦の大敗に終わります。王翦軍が失った将は、第一将の亜光をはじめ数多く。
率いる青歌軍にも、カン・サロ、ジ・アガ、楽彰といった、くせの強い将がそろっています。李牧の軍とは別に、自分の城の兵をまるごと率いて戦う。ここが、李牧の配下の将たちとの大きな違いです。
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司馬尚は死亡する?いまの戦いでの立ち位置
作中の司馬尚は、確認した範囲では死んでいません。
番吾のあと、78巻からの秦の趙攻めでも、李牧は司馬尚を呼び寄せて秦軍を迎え撃ちます。80巻の第870話のころには、王翦の軍と向き合う戦場にいました。第888話の時点で、この戦場はしばらく動いていません。
検索では「司馬尚 死亡」「司馬尚 最後」もよく調べられています。作中で討たれる場面は、第890話までのところ見当たりません。ただ、原作のすべての回を一コマずつ確かめたわけではないので、そこはご了承ください。
史実の側から言えば、司馬尚が戦場で討たれたという記録は『史記』にありません。この点は次の章でくわしく見ます。
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史実の司馬尚:李牧とともに秦を防ぎ、最後は罷免される
司馬尚は、実在の人物です。ただ、史書に残る記事はわずかしかありません。
『史記』廉頗藺相如列伝の李牧の段には、趙王遷の七年(紀元前229年)、秦が王翦に趙を攻めさせると、趙は李牧と司馬尚に防がせた、とあります。
ここで秦は、趙王のお気に入りの臣・郭開に大金を贈りました。郭開が王に告げたのは、李牧と司馬尚が謀反をたくらんでいる、という話。王は李牧を外して趙葱と斉の将・顔聚に代えようとし、従わなかった李牧はひそかに捕らえられて斬られました。司馬尚については「廃す」、役を解かれた、とだけ書かれています。
同じ『史記』の趙世家でも、話の筋はほぼ同じ。こちらは李牧を「大将」、司馬尚を「将軍」と呼び、「李牧は誅され、司馬尚は免ぜらる」と記しています。
その3か月後、王翦は一気に趙を攻め、趙王遷を捕らえました。罷免された司馬尚がそのあとどうなったのかは、史書には出てきません。
作中の司馬尚が三大天にまで上りつめたのに対し、史書の司馬尚は、李牧の名前の隣に数回出てくるだけで、静かに消えていきます。原先生が、この短い記事からどれだけの人物を作り上げたのかが分かる差ではないでしょうか?
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司馬尚と司馬懿・司馬昭の関係は?
司馬尚は、三国志の司馬懿の祖先だと言われることがあります。この記事の初版でも、そう紹介していました。
では、史書にはどう書かれているのか。『晋書』宣帝紀は、司馬懿の祖先を、秦が滅びるころに趙の将となり、のちに殷王に立てられた司馬卬だとしています。ところが、『史記』の太史公自序は、この司馬卬を、趙にいた司馬氏の蒯聵という人物の玄孫(孫の孫)としています。
どちらにも司馬尚の名前は出てきません。司馬尚と司馬卬が親子だった、という記録は、確かめた範囲の史書には見当たりませんでした。どちらも趙に関わる司馬姓ではあるものの、同じ一族だと示す記録は確認できませんでした。司馬尚が司馬懿の祖先だと言い切ることはできません。
もう一人、名前の読みで混ざりやすいのが司馬昭です。司馬昭は司馬懿の子で、読みは同じ「しばしょう」。三国志の魏の終わりに権力を握った人物で、『キングダム』の司馬尚とは400年以上離れた、まったくの別人です。
キングダムの司馬尚のよくある質問
司馬尚は何話で初登場しますか?
46巻の第502話で、後ろ姿だけで初めて描かれます。顔が描かれるのは、71巻の第771話です。
司馬尚は誰を討ちましたか?
番吾の戦いで、田里弥の配下の蛇輪公(72巻 第781話)と、王翦軍第一将の亜光(73巻 第792話)を討っています。
司馬尚は史実でどうなりましたか?
李牧とともに王翦を防ぎましたが、郭開の讒言で李牧が斬られ、司馬尚は役を解かれました。そのあとの消息は、史書に残っていません。
司馬尚はアニメに出てきますか?
出てきます。6期の第7話「陥落の武器」で、オルドの燕軍を退ける場面に登場しました。声は速水奨さん。ただ、司馬尚が本格的に戦う番吾の戦いは、これからアニメになる部分です。続きの放送時期は、2026年10月時点で発表されていません。
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キングダムライターkawausoの独り言
2017年1月の初版で予想していたのは、新しい三大天が戦いの中で突然現れ、信や蒙恬、王賁を苦しめる強敵になる、という流れでした。三大天は郭開ではないか、という予想もあった中で、郭開は違う、とも。
顔が出るまでに6年以上かかったのは予想外でしたが、番吾で王翦の本陣を崩した姿は、あのとき思い描いた強敵そのものでした。
史実では、司馬尚の最後は罷免の一行だけです。作中の司馬尚がどこで、どんな形で戦場を去るのか。李牧の運命と一緒に、見届けたいところです。






