「泣いて馬謖を斬る」という有名な故事成語のもととなった蜀の武将馬謖ですが、北方謙三先生の名作である『三国志』(以下、「北方三国志」とします。)ではどのようなキャラクターとして登場するのでしょうか?
今回はそんな「北方三国志」の馬謖について見ていきたいと思います。
馬謖の登場
「北方三国志」という作品はおおむね正史三国志をベースとした作品ですので、「北方三国志」における馬謖も「正史三国志」の馬謖像を踏まえたものとなっています。
馬謖は荊州の名家に生まれ、兄の馬良とともに劉備に仕えました。馬謖は才能にすぐれた武将という風評がありましたが、劉備は馬謖が若く実戦経験を積んでいないことを理由にあまり重用しませんでした。
しかし、劉備亡き後、劉備・関羽・張飛といった名将たちを失った蜀を率いた諸葛亮は、才気煥発な馬謖を重用し、若いときの自分と重ね合わせ、まるで息子のようにかわいがります。
このとき、劉備とともに戦ってきた老将である趙雲は劉備と同様、実戦経験の薄い馬謖を重用することに反対しますが、馬謖に絶大な期待を寄せる諸葛亮はそれでも馬謖を重用します。
馬謖の活躍
諸葛亮の大きな期待を背負った馬謖は当初、その期待にしっかりと応える活躍を見せます。諸葛亮の南蛮征伐、すなわち孟獲との戦いで活躍したほか、魏の支配下にあった涼州の調略でも結果を出し、
もともとは魏の武将であった姜維を蜀に帰順させることに成功しています。
史実でも馬謖は南蛮征伐で大きな功績を上げている一方、姜維が蜀に帰順したのは史実では馬謖の死後であり、北方謙三先生の創作となっています。これにより、「北方三国志」での姜維はある意味で非業の死を遂げた馬謖の遺志を継ぐ存在となっているのです。
北伐での大抜擢と敗戦
南蛮征伐を終えた諸葛亮は魏との戦いである北伐(第一次北伐)を行います。この際、諸葛亮はほとんど実戦を経験していないはずの馬謖を将軍に抜擢します。
これに趙雲や魏延といった歴戦の猛将たちは反対意見を唱えますが、馬謖を心から信任する諸葛亮は彼らの意見を押し切って馬謖を登用してしまいます。このとき、馬謖は諸葛亮によって異例の大抜擢をされ、有頂天になっていました。しかし、こうした得意の絶頂の中で、馬謖の欠点が次第に頭をもたげて来ます。
馬謖は、たしかに素晴らしい軍略の持ち主でしたが、自らの才能を自負するあまり、独断専行の気があり、部下の進言に耳を傾けないという悪癖がありました。劉備や趙雲らは馬謖のそうした点を見抜いていましたが、諸葛亮は馬謖の欠点を見抜けませんでした。
馬謖は、第一次北伐に際して一方の将として街亭に派遣されました。諸葛亮が課した任務は街道の守備でしたが、馬謖は街亭の急峻な山々を見て「これは天嶮ではないか」と驚き、天嶮である山々から敵が攻め下ってくるという妄想にかられてしまい、街道の守備を放棄して山頂に布陣してしまいます。
馬謖の副将である王平は馬謖を繰り返し諌めますが、馬謖は王平を「文字も読めない輩」と軽蔑し、その進言を却下してしまいます。結果的には、これが馬謖の命取りとなってしまいました。
諸葛亮の北伐軍を迎え撃ったのは魏の張コウでしたが、歴戦の猛者である張コウは馬謖の失策を見抜き、馬謖の部隊は魏軍に包囲されて惨敗し、諸葛亮の北伐全体は失敗に終わってしまいます。
泣いて馬謖を斬る
馬謖の命令無視と独断専行によって蜀軍は敗れてしまいました。これに対し、諸葛亮は馬謖を処罰しなければならなくなります。馬謖は重大な軍律違反を犯しており、それによって蜀軍全体を危機に陥れたことで死刑にせざるをえませんでした。しかし、自分の子供のようにかわいがってきた馬謖を斬ることに諸葛亮は深く悲しみます。
諸将の反対を押し切って馬謖を抜擢したのは自分であり、自分が馬謖の弱点を見抜けなかったばかりに蜀軍の敗北を招き、愛する馬謖をも斬らざるを得なくなったと諸葛亮は苦悩します。
実戦経験が薄く、人を見下しがちで独断専行しがちな馬謖の欠点は、実は諸葛亮も薄々気づいていました。だからこそ諸葛亮は、敗北や挫折を知ることで馬謖は更に強くなれるとも思っていたのです。
しかし、そうした点を知りながら諸葛亮は、若い時の自分と馬謖を重ね合わせてしまい、私情にかられて馬謖を重用してしまい、結果として馬謖の命を奪わざるをえなくなってしまったのです。
諸葛亮は悩み抜いた末に、盟友である趙雲の励ましなどもあり、最後には断腸の思いで馬謖を処刑することになります。そして、処刑される馬謖は諸葛亮のこれまでの恩義に深く感謝しつつ、諸葛亮の期待に応えられなかったことを謝罪し、堂々とした態度で斬られるのです。
この場面は「北方三国志」に数多く登場する死と別れのシーンの中でもとりわけ切なさを感じるシーンであるだけでなく、諸葛亮を万能の天才軍師ではなく、優れた才能を持ちながらも時には壁にぶち当たって苦悩するという、「人間らしい」人物として描いている北方三国志らしいシーンとなっています。
三国志ライターAlst49の独り言
いかがだったでしょうか?
「北方三国志」の馬謖は作中の最終盤にしか登場しませんが、「泣いて馬謖を斬る」の場面は「北方三国志」の中でもハイライトの一つとして数えられる名シーンであり、北方謙三先生が描く男たちの情愛と苦悩が表現されています。
どうしても史実ではただの愚将として扱われがちな馬謖ですが、北方謙三先生の筆によって「北方三国志」では優れた才能と欠点、そして一抹の切なさを持った人物として鮮やかに描かれています。
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