三国志に親しんだ皆様ならば、出師の表はご存知でしょう。ではそれとはまた一線を画す、後出師の表はご存知でしょうか。出師の表と違い、後出師の表は本当に諸葛亮が書いたのか?と疑わしいものとされています。
その理由はいくつかありますが、今回はこの後出師の表で名前が出てくる……出てくる?
あの人を紹介しつつ、ちょっと三国志演義にも触れてみましょう。
この記事の目次
出師の表は泣けます!
さて出師の表とは、諸葛亮が北伐に出発する前、劉禅に当てて書いた上奏文です。自分を引き立ててくれた劉備への感謝、そして劉禅を諭すような言葉の数々がまとめられたものであり、古来よりこの出師の表は「名文中の名文」とされています。
更に言うなら「これを呼んで泣かないなんて不忠者だ!」とか言われてしまう一文。ただもちろん涙を流すかどうかは個人差がありますので、決して泣かなければ反骨の相という訳ではありません。そこはご安心下さい。
出師の表の内容とは?
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後出師の表はなんかザワザワします
出師の表が上奏されたのは227年、北伐の前です。そしてこの出師の表は、後に出てくる後出師の表と区別するために「前出師の表」と呼ばれることもあります。後出師の表が上奏されたのは翌年の228年。
因みに前回の敗北で馬謖が泣いて斬られたりしています。そして体勢を立て直し、改めて北伐を開始するにあたり上奏されたのが後出師の表、という訳ですね。ただこちらは、前述したように信ぴょう性が疑わしいものとされています。
後出師の表とは?
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【北伐の真実に迫る】
存命の趙雲が死んだ事になっていたりする怪しい後出師の表
その理由の一つとして、後出師の表は三国志の本伝では出てきません。あくまで裴松之の注釈の中で、習鑿歯『漢晋春秋』から引用されたのがこの後出師の表なのです。また死んでいないはずの趙雲が亡くなっていたり、誰だか分からない人物の名前が出てくる、状況の食い違いなど、様々な相違点が多く、贋作説まで存在しています。
今回はその中の一人、誰だか分からない唐突に出てくる名前の人物、李服についてちょっとお話しましょう。
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曹操を欺いた李服とは誰の事?
後出師の表の中で「李服を任用するも李服これを図る」という一文があります。これは曹操のことなのですが、簡単に言うと「曹操は李服を信頼して任命していたけど裏切られたよ!」ということです。確かに曹操は裏切られた経験もあります。記憶に濃い所では陳宮がそうでしょうか。
文章はこの後「劉備様(先帝)はいつも曹操を凄いって言っていたけど、その曹操だって裏切られたり部下が死んだり、たくさん失敗してるんだよ」と続きます。確かに曹操も簡単に天下を手に入れた訳ではなく、そこまでに血の滲むような思いをしてきました……その曹操が築き上げた魏は並大抵のことでは陥落などしないでしょう。
所で……李服ってだれ?(本題)
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