後漢王朝の華だった尹夫人の波乱万丈の生涯Part.1

2015年5月26日


13人の妻達(曹操)

三国志の英雄、曹操(曹操)には、13名もの妻が存在しました。

 

その中には、未婚の女性を妻にしたケースもありますが、

曹操は未亡人が好きだったのか、杜(と)夫人のように人妻だった女性と

再婚したケースも多々見受けられるのです。

 

今回、紹介する尹(いん)夫人も、そんな未亡人の一人です。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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尹夫人の夫はどんな人だったの?

 

尹夫人の夫は、後漢の霊帝の時代に、外戚として権勢を奮った

何進大将軍の息子の何咸(かかん)という人物です。

 

何咸の役職は不明ですが、大将軍何進の息子として、

相応の職についていたようで、尹夫人は、何咸との間に

何晏(かあん)という一人息子を儲けています。

 

しかし、尹夫人の運命は、西暦189年の7月に暗転しました。

 

 

 



尹夫人の運命が変わる

尹夫人 曹操 2

その年、霊帝(れいてい)没後の、皇帝の地位を巡って、

宦官である十常侍と外戚である何進や何咸一派の利害が対立。

 

しかし、宦官勢力は巧妙に、外戚の何進派であった筈の、

何皇后や、何苗(かびょう)を勢力に巻きこんでいました。

 

 

張譲によって何進は刺殺される

 

大将軍何進は、妹である何皇后の偽の呼び出しを受けて、

のこのこと、宮中に参内した所を、宦官張譲(ちょうじょう)の

勢力によって刺殺されました。

 

さらに、宦官勢力は何進の息子の何咸まで殺戮してしまいます。

 

 

袁紹がブチ切れる

袁紹が宦官を惨殺に行く

ここで、尹夫人は未亡人になってしまいますが、

騒動は、ここで収まらず、何進の部下だった袁紹(えんしょう)が激怒し

宮中に侵入して宦官を皆殺しにし、さらに何苗まで殺します。

 

その混乱の中で、西涼軍閥の董卓(とうたく)が、

少帝と劉協(りゅうきょう)、二人の皇子を連れて、

洛陽に入り、これに反対する袁紹や曹操を追放して武力で宮廷を支配しました。

 

董卓の暴力が吹き荒れ、さらに、その後、王允(おういん)、

さらには李傕(りかく)・郭汜(かくし)と

暴力や恐怖政治が繰り返される中で、子供を抱えた尹夫人が

どのように生活していたのか伝える資料はありません。

 

 

しかし、尹夫人は、献帝を擁して司徒に昇った曹操と

西暦195年前後には、会っている事から、何らかの

ツテを頼って、宮廷に残っていたようです。

 

曹操は尹夫人を妻に迎え入れる

尹夫人 曹操

曹操は美貌の尹夫人を見初めて、自身の妻に迎え入れます。

こうして尹夫人は曹操の13人の妻の一人になりますが、

曹操の偉い所は、連れ子の何晏もしっかり息子として迎え入れて

面倒を見ている所です。

 

 

ようやく、落ち着いたかに見える尹夫人の人生ですが、

この後も尹夫人の人生には、悲しい影が付きまといます。

 

 

後編につづく・・・

 

後編はこちら

 

 

 

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よりぶりんでした。

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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