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董襲(とうしゅう)とはどんな人?孫家の仇敵・黄祖討伐戦で活躍した武勇の士

この記事の所要時間: 425




孫堅逝く

 

父・孫堅(そんけん)は荊州を領有していた劉表(りゅうひょう)

武将である黄祖(こうそ)によって、殺害されてしまいます。

ここから孫家は父を殺された恨みを黄祖に向けることになり、幾度も彼を付け狙うことになります。

まず袁術(えんじゅつ)の下から独立することになった孫策は江東一帯を制覇して、

地盤を固めると荊州へ攻撃を仕掛けます。

この時孫策軍迎撃に出てきたのは黄祖率いる軍勢でした。

孫策軍は黄祖率いる軍勢に大勝利を収めますが、肝心の黄祖を捕縛することはできませんでした。

孫策が亡くなると弟である孫権が彼の跡をついで孫家の当主に就任します。

孫権も黄祖を父の敵と狙っており、幾度も黄祖が守っている江夏へ攻撃を仕掛けますが、

彼を捕らえる事はできませんでした。

しかし幾度かの江夏攻撃を行った際、ある人物が大活躍したことによって、

黄祖を捕らえて殺害することに成功するのです。

その人物の名は董襲(とうしゅう)。

彼は孫家の仇敵である黄祖討伐戦でどのように活躍した人物であったのでしょうか。

 

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孫策(そんさく)に仕える

孫策

 

董襲は当時の中国人の中でも一際大きく身長は190センチあり、

力も人よりも数倍持っておりました。

そんな彼は孫策(そんさく)が会稽(かいけい)を討伐した際、

孫策に気に入られて家臣となります。

董襲は孫策と共に会稽に割拠していた賊軍討伐戦で勲功を上げていき、

実力を認められていきます。




黄祖討伐戦に参加して活躍

孫策

 

董襲は孫策に付き従って江東一帯の討伐戦に積極的に参加して活躍。

孫策は江東統一が成功し、ある程度の基盤作りに成功したと考え、

ついに孫家の仇となっている黄祖討伐戦に出陣することに決めます。

この時董襲も孫策に付き従って黄祖討伐戦に参加して、大いに活躍することになります。

董襲は黄祖討伐戦での活躍が孫策に認められて、将軍の位を貰うことになります。

しかし肝心の黄祖は討ち漏らしてしまいます。

 

関連記事:孫策・周瑜の断金の交わりを生み出したのは袁術のおかげだった!?

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孫権ママの心配を取り除く

呉夫人

 

孫策が江東の豪族達によって暗殺されると孫権が跡を継ぎます。

しかし孫権ママである呉夫人(ごふじん)は息子が幼くして孫家の棟梁となったことが心配で、

孫策に跡を任された張昭(ちょうしょう)と孫策の家臣である董襲を呼んで

「私の息子である権はまだ年も若く、実績もありません。

その為私は権が江東一帯を治め、維持することができるのかどうか不安でいっぱいです」と

心配事を二人に打ち明けます。

すると董襲は「孫権ママ大丈夫です。

江東は攻めにくい土地で、孫策様の徳が民衆へ十分に染み渡っております。

まだ年若い孫権様ですが、臣下の者達は皆孫権様を支えていこうと団結しております。

何も心配することはありませんママ様。天の時、地の利を孫権様が得ています。」と説得します。

この言葉を聞いた孫権ママはすっかり安心することになります。

 

関連記事:小覇王・孫策のお母さん「呉夫人」は偉大すぎた

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賊討伐戦で大活躍

孫権

 

孫権が孫家の当主となってまだ間もない頃、

鄱陽(はよう)と言われる土地で賊が結集して孫家に反旗を翻します。

この賊は仲間をいっぱい集めて数万人規模へ成長すると、

各地にある孫家の城を攻撃して略奪や放火などを行っておりました。

 

甘寧と凌統

 

孫権は鄱陽に集まった賊を董襲や凌統(りょうとう)らに討伐するように命令を出します。

董襲は各地に広まっている盗賊達を討伐するため凌統らと分かれて行動を開始。

彼は鄱陽近辺に集結していた賊に猛攻をかけて次々と討伐して行きます。

盗賊達は董襲の苛烈な攻撃に怯えてしまい、

董襲軍の旗を見ただけですぐに逃げるようになっていきます。

こうして鄱陽や周辺の城や村に被害を出していたに盗賊の討伐に成功した董襲は

偏将軍(へんしょうぐん)の位を授かり、

孫家の軍事面を担う軍人として成長していくことになっていきます。

 

関連記事:よく皖城で共闘できたね?三国志史上最凶に仲が悪かった甘寧と凌統

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父の敵を討つため諸将に黄祖討伐を命じる

魯粛と周瑜

 

孫権は父孫堅が黄祖を討伐して、恨みを晴らすために黄祖討伐戦を考えておりました。

孫策死後江東一帯に盗賊や異民族が反乱を起こしておりましたが、

それらを討伐して江東一帯を安定させることに成功します。

そして彼はついに父孫堅の敵を討つために周瑜(しゅうゆ)呂蒙(りょもう)らに命じて、

黄祖討伐を行うように命令を出します。

この時董襲(とうしゅう)も黄祖討伐戦へ参加することになります。

 

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黄祖の必死の防衛策

三国時代の船 楼船

 

黄祖は孫権軍が江夏(こうか)へ攻撃を仕掛けてくることを知ると防衛線を構築します。

孫家は水軍で攻撃してくることは以前から分かっていたので、

江夏城近辺を流れている長江に蒙衝(もうしょう)と呼ばれる船を左右に並べてます。

そしてこの蒙衝にものすごく太い縄で固定することで孫呉の船が攻撃してきても、

簡単に突破できないようにします。

また彼は蒙衝に数千人の兵士と盾を並べて孫権軍の船が見えたら弓で乱射して、

近づけないようにします。

黄祖はこうして防衛線を構築して、孫権軍が来るのを待ち受けます。

 

関連記事:三国時代の船はどうなっていたの?三国志の海戦は目的別に船が用いられていた

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雨のように降り注ぐ矢を掻い潜る

甘寧と凌統04

 

孫権軍は江夏城近辺に到着しますが黄祖が長江に張った防衛線を見て、

容易に突破できないことを知ります。

しかし孫権軍は一丸となってこの防衛線に攻撃を仕掛けます。

黄祖は孫権軍が攻撃を開始すると矢を乱射。

孫権軍の頭上には雨のように弓矢が降り注いできます。

このため中々黄祖が構築した防衛線を突破できずに降りましたが、

この状況を憂いた董襲は100人の決死隊を募って艀に乗り移って、

黄祖が構築した蒙衝へ突っ込んできます。

 

鉄壁と化していた防衛線を打ち破る

三国時代の船 闘艦

 

董襲は決死隊を率いて黄祖が構築した防衛線に乗り込むと、

左右の蒙衝をつないで安定性を確保している太い綱を刀で切断。

この事がきっかけで左右の蒙衝は安定性を欠くことになり、

蒙衝は流されてしまい防衛線は崩壊することになります。

黄祖は孫権軍によって防衛線が崩壊するとすぐに陸に上がってひたすらと逃亡。

しかし黄祖をおっていた孫権軍の親衛隊に追いつかれてしまい、

彼は討ち取られてしまいます。

こうして孫家の敵であった黄祖を付け狙い始めてから17年の歳月を得て、

やっと復讐が完了することになります。

 

董襲を大いに褒め称える孫権

呂壱と孫権

 

孫権は黄祖討伐に成功したことを知るとその夜黄祖討伐戦に参加した諸将を集めて、

宴会を行います。

彼は董襲を呼んで「お前のおかげで孫家の復讐は完了した。

今日ここで宴会ができるのもあの戦で蒙衝の太い綱を切ったお前の活躍があったからだ」と

言って大いに褒めて彼を称えます。

 

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三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

彼は黄祖討伐戦で大いに勲功をあげて、

孫呉の軍事における重要な人物へと成長を遂げることになります。

その後彼は濡須口(じゅしゅこう)に攻めてきた曹操軍を迎撃するために出陣。

彼の任務は濡須口の守備を孫権に命じられますが、

暴風雨がこの地を襲った事で、長江流域はひどい波に襲われることになります。

董襲の部下が「将軍。このままでは船が転覆する可能性があります。

すぐに陸へ上がりましょう」と進言します。

しかし彼は「バカ野郎。主からここを守れと言われているのだ。

自らの身の安全を確保して、この場からさることなどできぬ」と激怒。

その為彼はこの場所から動かず船に乗ったまま守備を固めておりましたが、

暴風雨によって董襲が載っていた船は転覆してしまいます。

船に乗っていた彼は波にさらわれてしまいそのまま亡くなってしまいます。

孫権は彼が亡くなったことを知ると大いに嘆いて悲しんだそうです。

「今回の三国時代のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう

それじゃあまたにゃ~」

 

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—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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