曹操が董卓に歌をプレゼント?イミシンな董卓歌


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曹操 詩

 

曹操(そうそう)は兵法家であり、経済家であり、同時に武芸にも優れ

卓越した詩人でもありました。

特に曹操が力を入れたのは詩を造る事であり、戦場においても竹簡と書刀を持ち

片手に武器を持ちながら、感情の赴くままに詩を書いています。

その中には、董卓(とうたく)歌という不思議なタイトルの歌までありました。

 

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董卓宛てなのに董卓が出てこない不思議な歌

董卓

 

それは、三国志魏志 袁紹(えんしょう)伝に引く、王粲(おうさん)の

英雄記に記述があり、内容は以下のようなものです。

 

德行不虧缺 變故自難常 鄭康成行酒 伏地氣 郭景圖命盡於園桑

現代の意味だと以下のようになります。

 

「徳行に欠ける行いがなくても、変事が起きると人生を全うするのは難しい

鄭玄(ていげん)は酒盛りをしている途中に地面に伏して息絶え、

郭図(かくと)は桑畑で人生を終えた」

 

たったこれだけの内容なのですが、不思議な事に董卓歌と言いながら、

董卓の「董」の字も出てきません、これは何を意味しているのでしょう?


董卓歌は、官渡の戦いの後に造られた・・

官渡の戦いと2

 

この詩に出てくる二人の人物、鄭玄と郭図ですが、鄭玄は後漢末の高名な儒者ですが

西暦200年に袁紹の下で重く用いられる事なく死んでいます。

また郭図は「出ると負け軍師」としてお馴染み袁紹の軍師ですが、袁紹没後の

後継者争いで、袁紹の長子である袁譚(えんたん)を押し、末子袁尚(えんしょう)を

押す審配(しんぱい)等と激しく対立し内紛を演じた挙げ句に、

西暦205年に南皮で曹操によって殺されました。

 

つまり、この歌は董卓歌などと言いつつ、その造られた時期は西暦205年以後

曹操最大のライバルだった袁紹が亡くなった後なのです。

 

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曹操は対照的な二人の人物の人生に世の矛盾を見た

 

そうなると、ますます、この歌の意図が分らなくなりますが、

注意深く見ると、登場する二人の人物が対照的な人生である事に気がつきます。

つまり、鄭玄は徳行に厚く、山賊でさえ、その命令に服して掠奪を止める程、

一方で郭図は、当人に言い分はあれど、主君の家を二分させ滅ぶ原因を造った

徳行には欠ける人であると言わないといけません。

 

しかし、この二人は非業の死を遂げたという点では全く同じなのです。

それこそ曹操の言う、徳行に欠ける所が無くても変事に遭えば人生を全うするのは

難しいという意味にかかってくるのでしょう。


ニヒリストの曹操は徳と寿命は無関係だと断じた

曹操

 

つまり、曹操はこのように言いたいのだと思います。

 

「徳を積んだからって何になる?悪逆非道だから何だというのだ?

そうした所で寿命には何の関係も無い、変事があれば死ぬヤツは死ぬ」

 

曹操は徹底した合理主義者でニヒリストでした。

彼は因果応報など信じていない、良い事をしたからとて寿命が延び

幸福な人生を送れるとは限らないし、悪行を為しても天寿を全うする

そういう人間もいると言いたいのでしょう。

善悪に関係無く、変事を乗り越えられない間抜けは死ぬと断じるのです。

 

タイトルの董卓歌は、思う存分にやりたい事をやって死んだ董卓に

一定のリスペクトを向ける意味でつけたのではないでしょうか?

 

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司馬遷も史記に込めた、世の中の理不尽

 

曹操のイミシンな董卓歌の命題は、すでに前漢の司馬遷(しば・せん)が指摘します。

史記(しき)は単純に歴史の記録ではなく、天は存在するのか?もし、天が存在するなら、

主君の紂王(ちゅうおう)を殺した不忠な武王の世の中で生きる事を拒否した

伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)が首陽山で餓死する事になり、山賊で人殺しの

盗跖(とうたく)が盗んだ財宝で富んだまま長寿を全うしたのは何故なのか?

という司馬遷の天への疑問の答えを求めて書いています。

 

曹操はそれを受け、善行を勧める天などいない、だから精一杯、

自分がやりたい事をし、面白く生きるが良いと董卓歌の中に答えを込めたのです。


  

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

かくいう曹操も、徐州虐殺など後世から後ろ指を指される事をやっています。

しかし、何であれ信念を持ち、俺は正しい、そう思って生きるより仕方ない

どうせ死ぬ時には死ぬんだからと腹を括っているのです。

 

官渡の戦いで袁紹を倒し、いよいよ曹操は天下統一に王手をかけます。

今後も山ほどの血を浴び、数えきれない程の理不尽をなそうとも

悪行に怯え、ここまでやってきた己の人生は曲げない・・

 

曹操の董卓歌には、そういう決意が込められているように感じます。

 

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