法正特集
姜維特集




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

陸遜の死因は何だったの?孫権のパワハラに耐えきれなかった呉の丞相

責められる陸遜




孫権

 

孫権(そんけん)の勢力の危機を救った英雄が二人います。

一人は南下してくる曹操(そうそう)の大軍を赤壁の戦いで撃退した「周瑜(しゅうゆ)」。

 

火計を用いる陸遜

 

そしてもう一人は、蜀より攻め寄せてくる劉備(りゅうび)

大軍を夷陵の戦いで撃退した「陸遜(りくそん)」です。

周瑜は若くして病によって亡くなりましたが、

陸遜は晩年まで孫権を盛り立てて、呉を支えました。

今回はそんな陸遜の最期についてお伝えしていきます。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:そうだったの?呂蒙が後を託したのは陸遜では無かった!

関連記事:陸遜が赤壁の戦いに参加したらどうなっていた?【if三国志】




陸遜がなくなった年(最期)

陸遜がなくなった年

 

陳寿の著した「三国志正史」の呉書によると、

陸遜は183年に呉郡で生まれ、245年に荊州の地で没したと記されています。

 

周瑜が亡くなり感動する陸遜

 

周瑜は36歳で亡くなったのに対して、陸遜は63歳まで生きたのです。

これは同じように孫権軍の総司令官を務めた魯粛呂蒙よりも長く、

その点においてももっとも呉に貢献した人物であるといえるでしょう。

 

陳寿もまた陸遜をして「社稷の臣と呼ぶにふさわしいものがある」と述べています。

まさに陸遜は呉の守護神的な存在だったわけです。

しかしその最期はあまりに寂しいものでした。

彼を倒したのは、魏でも蜀でもなく、主君である孫権だったからです。




陸遜の死因は?

陸遜の死因

 

呉書には「憤死」とあります。

簡単に説明すると主君である孫権のパワハラによって病没したわけです。

これは曹操荀彧の関係の最期に似ています。

曹操荀彧に空の贈り物をし、その意図を知った荀彧は自害したといわれています。

孫権は陸遜に責め立てる使者や手紙を次々と送り付けて精神的に追い詰めました。

甥の顧譚や顧承はそれ以前に流罪にされています。

 

キレる陸遜

 

忠義に篤かった陸遜としては耐えられない状況だったことでしょう。

もしかするとそれを苦にして自害したのかもしれません。

なぜ孫権との仲がこじれたのかというと、

陳寿は「孫権が疑り深く、讒言をすぐに信じるから」と記しています。

この頃の呉は、長きに渡り後継者争いが繰り広げられていました。世にいう「二宮事件」です。

ここで陸遜は太子の孫和を擁護し、嫡子と庶子の区別の重要性を書面にて繰り返し上奏しました。

最終的には荊州から都に上って直接説明しようとしましたが、孫権に断られています。

魯王・孫覇を後継者に据えようと画策する一派の讒言によって

陸遜はすでに孫権に疎んじられていたのです。

 

【呉のマイナー武将列伝】
呉の武将

 

陸遜の晩年は?

陸遜の晩年は?

 

陸遜は亡くなる直前まで呉の最前線に立ち、呉を守りました。

しかしこれが問題の一つだったのかもしれません。

呉の丞相は、陸遜とは親族関係の顧雍(こよう)が長く務めていました。

都にあって孫権の傍で政務をとったのです。

顧雍の死後、丞相の座を受け継いだのが陸遜でしたが、

最高司令官でもあったので、荊州にとどまったのです。

都から離れた地にいたことが、つけ入る隙を与え、

孫権との仲を疎遠にした原因だったのかもしれません。

 

諸葛孔明のように高い能力があり、同様に評価されたからの抜擢でしたが、

陸遜はそれが諸刃の剣であったとは考えなかったことでしょう。

陸遜が予想もせぬところで、老衰が孫権をむしばみ、生来の疑り深さを偏屈に強めていたのです。

 

三国志ライターろひもと理穂の独り言

三国志ライターろひもと理穂の独り言

 

孫策の娘の婿になったのは陸遜の他に顧雍の息子の顧劭がいます。

顧劭は後妻として孫策の娘を迎えており、それ以前には陸遜の姉妹を妻にしていました。

さらに顧劭の母親は陸康の娘です。

 

「孫家、陸家、顧家」は親戚関係だったわけです。

ただし、呉という国は地元の名士・豪族の連合であり、

三家の繋がりをねたんだ者も多かったのではないでしょうか。

連合だからこそ生まれる巨大な派閥争いに陸遜もまた巻き込まれたということです。

これをコントロールできなかった晩年の孫権の評価は低いものになっています。

そして呉は滅びの道を進んでいくのです。

 

陸遜について詳しく知りたいときは「はじ三」で検索してみてください。

陸遜についての面白ニュースがたくさんありますよ。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:何で陸遜は呉書の単独伝で記述されているのに蜀書の孔明の単独伝よりも地味なの?

関連記事:陸遜の死後、一族はどうなったの?呉の滅亡後、晋の散騎常侍に仕えた一族達

 

■古代中国の暮らしぶりがよくわかる■

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. そんろは 孫魯班 孫権の後を継ぐのは私なんだから! 孫家のドロドロした後継者問題
  2. 劉表の評価が高いのは三人の名士のおかげだった!荊州経営を支えた名…
  3. 降参する姜維 姜維は北伐の失敗で衛将軍に降格したのに何で大将軍に復帰出来たの?…
  4. 【教えて中国朋友!】劉備が阿斗を投げたのはどうして?
  5. 董卓はどうしてデブになったの?真面目に考察してみた
  6. 魏延の謀反を察する孫権 諸葛亮が魏延に言った「反骨の相」ってどんな頭の形なの?
  7. 中国古典によく出てくる「鼎」って何?
  8. 劉備と関平たち 関平には兄弟がいた!?正史三国志と『演義』とで異なる兄弟構成

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 二刀流の劉備
  2. 司馬懿
  3. よかミカンさん はじめての三国志ライター
  4. 馬謖に魏打倒を叩き込む諸葛亮孔明
  5. 兵士

おすすめ記事

  1. キングダム597話最新ネタバレ「武運を」レビュー キングダム53巻
  2. 114話:蜀キラー陸遜、劉備を打ち破るための不気味な沈黙 陸遜
  3. 卑弥呼は魏に何を献上したの?また魏国からの下賜品の差の謎に迫る 難斗米(なしめ)
  4. 【ネタバレ注意】キングダム538話レビュー「まさか、あのお馴染みキャラが死ぬの?」
  5. 【11月の見どころ】11/23〜28日まで「戦国のパイオニア北条早雲」の特集
  6. 六朝時代と魏晋南北朝時代って同じ?それとも違う? キングダムと三国志 信と曹操のはてな(疑問)

三國志雑学

  1. 鍾会を説得する姜維
  2. 華雄(かゆう)
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. はじめての三国志からのお知らせ バナー
  2. 孔明VS曹操
  3. 呉蜀と魏に二股をかけている孫権

おすすめ記事

親友に裏切られた曹操 本拠地の兗州でクーデター発生!親友の裏切りにあった曹操 明智光秀が剣を持って戦っているシーン 岐阜県の明智光秀ゆかりの地とはどんなところ? 頭痛に悩む曹操 曹操の偏頭痛は歯ぎしりが原因だった?歯ぎしりが引き起こす英雄の悲劇 早すぎた時代の改革者・袁術にヘッドハンティングされた徐璆の逸話 公孫瓚特集:悔しかったら雨を降らせてみろ・その2 三国志の徐州争奪戦が何だかややこしい!仁義なき徐州争奪戦を分かりやすく解説 【記事の見落としゼロ】はじ三配信スケジュールサービス開始 大山巌 西郷従道と西郷隆盛兄弟の関係は?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP