マジメに観てはいけない三国志『新解釈・三國志』を100倍楽しむ!劉備と諸葛亮の関係性




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朝まで三国志2017-77 kawauso

 

2020年12月11日、三国志ファン待望の映画、『新解釈・三國志』が封切られます。

 

 

kawausoは、皆さまの応援のお陰で丸々6年間、三国志の記事を書いているので、もちろん、映画が楽しみなのですが、映画をご覧になる方には、大泉洋(おおいずみよう)が出ているから、あるいは、橋本環奈が出ているから映画館に来たという三国志初心者の方も大勢いらっしゃるでしょう。

 

劉備との楽しい思い出を振り返る孔明

 

『新解釈・三國志』は三国志を知らなくても、楽しめますが、もちろん、出来れば知っていた方がより深く楽しむ事が出来ます。そこで、今回はkawausoが、どんな三国志初心者でも、もう許して!と降伏する程、あり得ない分かりやすさで、映画の主人公、劉備(りゅうび)諸葛亮(しょかつりょう)について解説します。




ベテランだけど地盤がなかった劉備

劉備の黒歴史

 

大泉洋が演じる主人公の劉備は、西暦184年23歳で黄巾賊(こうきんぞく)との戦いに身を投じてより、西暦208年まで、24年間も戦い抜いてきた傭兵隊長です。しかし、一時期を除いて劉備には、拠点になる領地がありませんでした。

 

兵糧庫の中を一杯にした任峻

 

三国志の時代に限らず、領地というのは、そこに住民がいて田畑を耕して税金を納めたり、市場を置いて商業を盛んにしたり、戦争になれば住民を兵士として徴兵したりと支配者には、なくてはならない基本中の基本です。

 

土いじりをする劉備

 

その本拠地がないという事は、劉備には定期的な収入がないという事でした。だから劉備は傭兵隊長として、あちこちの群雄の助っ人として従軍し、かわりにお金をもらうという形で生計を立てています。

 

曹操から逃げ回る劉備

 

ところが、劉備が頼るべき群雄は、曹操(そうそう)により、あらかた攻め滅ぼされてしまいました。そして、現在、劉備が身を寄せている荊州の支配者劉表(りゅうひょう)も年老いて病気がちで、いつ死ぬか分からない状態でした。

 

劉備と曹操

 

これで、荊州まで曹操の手に落ちれば、劉備は失業。さらに劉備は過去に曹操の暗殺を謀った経緯から曹操に憎まれているので、捕まれば斬首は確実でした。

 

髀肉の嘆の劉備

 

諸葛亮に出会う直前、劉備玄徳47歳は人生詰み寸前に追い込まれていたのです。

 

関連記事:髀肉之嘆の由来と経緯、そして「ひにく!」

関連記事:孔明は劉備の嫁?「水魚の交わり」にはけっこう深い意味があった!




諸葛亮が劉備に希望をくれた

挑発する諸葛亮孔明

 

そんな劉備の希望になったのが諸葛亮(しょかつりょう)でした。27歳になるまでニートだった奴がなんで希望になるのか?それは、諸葛亮の家系に秘密がありました。

 

黄月英と仲がいい孔明

 

まず、諸葛亮の姉か妹は、荊州の名族、龐徳公(ほうとくこう)の息子の龐山民(ほうさんみん)に嫁いでいます。さらに、孔明の嫁である黄月英(こうげつえい)の父、黄承彦(こうしょうげん)の妻は荊州の実力者蔡瑁(さいぼう)の姉でした。おまけに、蔡瑁の姉は、荊州の支配者劉表の夫人なのです。

 

諸葛孔明を自分のもとに入れたくて堪らない劉備

 

つまり、諸葛亮は荊州セレブでがんじがらめの名族でした。劉備としては、諸葛亮を配下にする事で、荊州の権力者に食い込む事が出来ます。運が良ければ劉表の死後に、劉備もしかるべく引き立てられて領地を与えられ、根無し草の傭兵隊長生活から、おさらばできるチャンスもありました。

 

兵士 朝まで三国志

 

しかし、あわよくば荊州を乗っ取ろうという劉備と諸葛亮の野望は、一瞬にして崩れさります。

曹操に降伏する劉琮

 

 

荊州の支配者劉表が病死し、後継者の劉琮(りゅうそう
)
は曹操の大軍にあっさり降伏したのです。

 

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天下三分の計を伝授

洛陽城

 

曹操の悪夢の進撃から何とか逃れ、自立を保っている江夏城(こうかじょう)劉琦(りゅうき)の元に身を寄せた劉備ですが、色々諦めかけていました。しかし、諸葛亮は劉備に言います。ネバギバ!(ネバーギブアップ)諦めたら試合終了ですよ。

 

そして、曹操と対抗する為

 

劉備と孫権同盟

 

①呉と同盟を結んで曹操を撃破。

 

劉備と孫権

 

②ドサクサに紛れて荊州の一部を奪い取る。

 

劉備に降伏する劉璋

 

(しょく)劉璋(りゅうしょう)は弱いので益州を奪い、荊州と益州の2国を領有

 

劉備と曹操と孫権

 

④魏・呉・蜀の三国鼎立(ていりつ)とする。

 

天下三分の計

 

この4カ条からなる、天下三分(てんかさんぶんのけい)の計を劉備に授けるのです。

 

関連記事:孔明だけじゃなかった!?呉にも天下三分の計を唱えた人物がいたってホント?

関連記事:【三顧の礼】諸葛亮の天下三分の計「隆中対」を読む

 

赤壁で魏を破り天下三分が実現

舌戦で煽るのがうまい諸葛亮孔明

 

諸葛亮は、天下三分の計を胸に秘めて呉に渡り、降伏論者が多数を占めた呉の世論をひっくり返して主戦論に転換させ、東南の風を吹かせて魏の80万人の大船団を火攻めで焼き払いました。

 

赤壁の戦いで敗北する曹操

 

これにより、曹操は天下統一の野望を(くじ)かれ、劉備は敗れた曹操軍を追い払いながら荊州の1/4程を支配する事に成功し、滅亡の淵から奇跡的に復活します。

 

孔明

 

その後、諸葛亮の天下三分は大幅な修正を迫られるも、基本的には達成されました。彼こそは、傭兵隊長の劉備を君主へ脱皮させたドラゴンだったのです。

 

関連記事:赤壁の戦いの季節風はどのようにして吹いたのか?

関連記事:孔明の大きな見せ場、赤壁前の論戦!後々これが意外な方向に?

 

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