蜀の五虎将軍の一人、趙雲。関羽、張飛に次ぐ劉備軍の名将とされ、
特に「長坂の戦い」で、まだ赤ん坊だった劉備の息子(のちの劉禅)を戦場の中で発見し、懐に抱いてみごとに脱出した逸話が有名です。
ところがこの趙雲ほど、謎の多い武将も珍しい。というのも、この人物に伝わる数々の逸話のほとんどについては、後世の創作の可能性が高く、史実の趙雲が確実に参加していたと思われるのは、長坂の戦いと祁山の戦いでの活躍くらい。
『三国志演義』に出てくるその他の数々のエピソード、とりわけ一騎打ちでたびたび曹操軍の武将を討ち取っていることについては、創作にすぎない可能性がかなり高いのです!
それでも、趙雲ファンの人はこういうかもしれません。
「よいではないか。長坂の戦いで、自分の主人の世継ぎの赤ん坊を無事に救出した!
このただひとつの逸話だけでも、趙雲がいかに重要な将軍かわかるというものではないか」と。私もかつてはそう思ってきました。ところが、この一点にすら、最近の私には疑問が生じてきたのです。
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おそろしい可能性:戦場で赤ん坊を捨て去ることは古代中国ではそれほど無理無謀ではない?
私がこの趙雲の逸話について、いろいろと再考をするきっかけとなったのは、三国志よりもさらに昔の話、「項羽と劉邦」の楚漢戦争のエピソード。
のちに漢王朝を興す劉邦は、一度、敵に囲まれて命からがら逃げ出した時、みずから自分の赤ん坊を放り捨てて逃げようとして、部下の夏侯嬰にたしなめられる、という事件を起こしています。
この「自分が逃げるために赤ん坊を投げ捨てた」というエピソードは、劉邦を善人として描こうとする作品ではとても都合が悪いエピソードらしく、このシーンになるといろいろと歯切れが悪くなる作家さんもいるのですが。
作家の司馬遼太郎は、この事件についてあっさりと、「古代中国では、後の世にあるような、子供への愛着は存在しなかった。
赤ん坊を捨てて自分だけ逃げようとした劉邦の判断は、「古代の世界ではそれほど珍しい考え方ではなかった」という意味のことを述べています。
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劉備=劉邦と仮定すると、趙雲のポジションはつまり夏侯嬰?!
この説が、もし『三国志』の時代にも適用できるものだったら、どうでしょう?
劉備が世継ぎの赤ん坊を失いかけたのも、「赤ん坊は足手まといだ! 高祖劉邦の例もあるし、ここは見捨てるか」と、もしかしたらワザと諦めていたのかもしれず。
そうだとすると、趙雲の役割は、先の劉邦に対する夏侯嬰とせいぜい同じ程度、「いやいや、ちゃんと赤ん坊も連れて行ってあげましょうよ。ほら、私が抱いていきますから!」と、主人をたしなめて、自分が赤ん坊を運んでやったくらいの役回りだったとしたら?
そのように仮定すると、『三国志演義』より史実に近いとされる『正史三国志』で、この「長坂の戦い」の場面が、「このとき趙雲は戦場の混乱の中で劉備の子を助けた」くらいの、あっさりした一行で終わっていることも納得できるのです。
先の夏侯嬰の場合も、わざわざ劉邦の赤ん坊を保護したことで、「なにをモタモタしとるか!」と劉邦に逆にキレられているくらいですから。
『正史三国志』のあっさりした記述が示す通り、趙雲の「赤ん坊救出」は、そんなに劇的なことではなく、劉備が泣いて喜ぶような話でもなかったのかもしれません。
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まとめ:けっきょくどれだけの実力だったか不明なところが、むしろ趙雲の魅力でしょうか?
このように、劉邦の自分の子供に対する扱いを見ていると、趙雲が劉備の赤子を助けたという感動的な逸話も、これまた後世においていろいろと盛られたエピソードの可能性が高くなってしまいます。
しかし、それでよいのかもしれません。
おそらく趙雲の魅力は、「実像がよくわからない」ところにあり、それゆえ後世のたくさんの人が、趙雲というキャラクターに、いろいろと好きなような夢をのせることができるわけですから。
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三國志ライターYASHIROの独り言
最近の「趙雲といえばイケメン」なイメージもまたそのように、史実の趙雲がイケメンだったかそうでなかったかわからないからこそ、みんなが夢をのせて、そのような設定に決まってきた、というところもあるのでしょう。
もしかしたら、趙雲は現代人にとっての「感情移入キャラ」なのかもしれません。自分が関羽になりたい人も、自分が張飛になりたい人も、なかなかいないでしょうが、「趙雲になりたい」と夢みる人はけっこういるのではないでしょうか?
ましてその人物が、どれくらい実際にありがたがられたかは不明としても、少なくとも「赤ん坊を助けた」ことだけは事実としてドンと記録されているのですから。どうしたってこれは、いろいろと拡大解釈をのせて膨らませやすいキャラクター、つまり、みんなの夢をのせられるキャラクターといえるでしょう!
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