郭嘉を曹操に推薦したのは荀彧?郭嘉と荀彧はどんな関係だったの?

2022年2月24日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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郭嘉を推薦する荀彧

 

郭嘉(かくか)と荀彧(じゅんいく)と言えば曹操(そうそう)の勢力拡大に大きく貢献した軍師として知られていますね。実はこの二人は同郷で、郭嘉を推薦したのは荀彧だったのです。

 

優秀な二人はどんな関係だったのでしょうか?

今回の記事で考えてみましょう。

 

 

 

 

荀彧は最初に袁紹に会っていた?

 

郭嘉、荀彧ともに豫州潁川郡(よしゅうえいせんぐん)出身です。こちらは現在の河南省許昌市にあたり、「中華文明発祥の地」と言われており、多くの人材を輩出した土地でもあります。荀彧は名門の家に生まれましたが、故郷が戦乱に巻き込まれ、他の土地に移住しましたが、その地は袁紹(えんしょう)に占領されました。

 

荀彧と袁紹

 

その時に袁紹の招きを受けたのですが、荀彧は袁紹の人物に失望し、曹操に仕えることになったのです。

 

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郭嘉特集

 

 

 

袁紹、郭嘉にも逃げられる

 

一方郭嘉は荀彧より7歳ほど年下になります。彼は若いころから洞察力に優れた人物として知られ、各地の学識者の間でひそかに有名でした。

 

袁紹の悪口を言う郭嘉

 

郭嘉は始め、親戚の郭図らが仕えていた袁紹に面会しました。しかし、荀彧と同じく袁紹に将来性を感じる事は出来ず、袁紹の下を去ります。この時、郭図ら同郷の袁紹の武将には袁紹の欠点を示し、警告をしたといいます。

 

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荀彧特集

 

 

荀彧、曹操の下で活躍する

北方謙三風ハードボイルドな荀彧

 

荀彧を迎えた曹操は「荀彧は我が子房(前漢の劉邦(りゅうほう)の知恵袋、「張良(ちょうりょう)」のこと)である」と大いに絶賛し、荀彧は常に曹操に付き従っていた、といいます。

 

李傕・郭汜祭り

 

李傕・郭汜(かくし)に圧迫され、後漢の「献帝(けんてい)」が洛陽に逃亡してきた際には荀彧は彼を迎え入れるように強く進言しました。曹操はこの意見を採用し、献帝を迎え入れることにより絶大な権力を手に入れることに成功します。

 

荀彧と曹操

 

荀彧はますます信頼され、曹操は全ての事を荀彧に相談をしていたそうです。

 

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李傕・郭汜祭り

 

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荀彧、曹操に郭嘉を推薦する

郭嘉を曹操に推薦する荀彧

 

曹操が献帝を迎え入れたころ、荀彧は曹操に「優れた人物がいる」といい、「戯志才(ぎしさい)」という人物を推薦しました。彼は正史「三国志」にもほとんど記述はありませんが、曹操は彼の事を「見どころがある」と買っていたようです。

 

しかし戯志才は曹操に仕えた直後に亡くなってしまい、曹操は荀彧に再び「優れた人物はいないか?」とたずねます。そこで荀彧が推薦したのが「郭嘉」でした。荀彧と郭嘉は同郷であり、おそらくその才能をよく知っていたのでしょう。

 

郭嘉と曹操は意気投合

 

郭嘉と曹操は会見をし、二人は意気投合、曹操は「彼なら我が大業を成就できる」と絶賛し、郭嘉も「ようやく我が主君が見つかった」と大いに喜んだのです。これで曹操は「荀彧」「郭嘉」という当時屈指の知恵者を家臣に迎えることに成功するのです。

 

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曹操孟徳

宿敵袁紹を破るため、荀彧と郭嘉奔走

孫策が早死すると予見する郭嘉

 

曹操は呂布(りょふ)を破り、宿敵袁紹と本格的に対峙することになりました。その決戦が「官渡(かんと)の戦い」でした。

 

 

郭嘉はその戦いに従軍し、背後の孫策(そんさく)を恐れる家臣たちに対し、「孫策は恨みを多く買っているから、長くは無いだろう」と予想し、事実、孫策は曹操の背後を突く前に殺されてしまいます。

 

孔融と禰衡

 

荀彧は、袁紹の強大さを主張する「孔融(こうゆう)」らに対し、袁紹陣営の弱点を次々と挙げ、曹操の勝利を予想し、事実、その通りになったのです。荀彧は官渡の戦いでは後方支援に徹していましたが、弱気になる曹操に対し、発破をかけ、袁紹は戦いの後に病死します。

 

曹操を励ます荀彧

 

袁紹の死後、多くの武将は一気に決着をつけることを主張しますが、郭嘉は「待てば袁家は内紛がおこる」と予想、曹操が劉表攻めの構えを見せると、実際に袁家で後継者争いが起こり、これに乗じて袁家を滅ぼすことに成功します。

 

 

袁紹との戦いではかつて袁紹と会った郭嘉、荀彧の知恵が大いに役に立ったのでした。

 

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郭嘉は若くして亡くなり、荀彧も謎の死を遂げる

病死した郭嘉

 

袁家に勝利したのち、曹操は「鳥丸(うがん)族」の討伐に乗り出します。郭嘉も従軍しますが、帰還後に病を得て38歳の若さで亡くなります。

 

曹操と郭嘉

 

曹操は「郭嘉は我々より若い。天下泰平を成し遂げた後には彼に後事を託すつもりだったのに。」と大変悲しんだといい、「赤壁(せきへき)の戦い」で敗れたときも「郭奉孝がいればこんなことにならなかったろうに。」と大変嘆いたそうです。

 

荀彧は郭嘉の死後も曹操の側近として多くの人材を発掘するなど功績を挙げました。しかし、曹操が爵位を進め、「国公」とし、「九錫(きゅうしゃく)」(きゅうしゃく、最高の恩賞で天子に準ずる恩賞)を授与するように朝廷に働きかける動きがありました。

 

反対する荀彧

 

荀彧は「曹操が挙兵したのは朝廷の為であるはず、恩賞は求めるべきではない」と唯一反対し、曹操の怒りを買いました。

 

亡くなる荀彧

 

その後荀彧は孫権(そんけん)追討戦に駆り出され、そのまま病死しました。一説には自殺とも伝えられています。

 

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赤壁の戦い

 

 

 

三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

郭嘉と荀彧、二人の軍師は曹操の覇業にきわめて大きな功績を残しました。彼らを登用した曹操の人を見る目は流石で、彼らを登用できなかった袁紹の器の小ささが目立ちますね。ただ、二人とも最期はあまり報われず、知恵のある者を長く仕えさせる難しさも感じますね。

 

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みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

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